朝日が昇り、冬の寒い部屋をほんのりと暖かく照らす。
そして小鳥たちのさえずりが清々しい朝を告げる…はずだった。






「起きやがれーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」




「きゃーーーーーーーーーー!!!!!!!?」






達が寝ていた部屋に響いた怒声と悲鳴。
その怒声を発したのは体格のいい大男だった。
もちろん悲鳴をあげたのはである。

大男は一体何が起こったのかわからないでいるを睨みつけ、
部屋の中心でたくましい腕をドンと組んだ。



「全くよ、何回呼んだら出てくるんだ?姫さん?」

「す、すみません!!(誰なの?このおじ様〜!)」




威厳のある顔つきで睨まれると心臓が潰れそうだ。
こういう時は使者に助けを!と思ったが3匹の姿はもうこの部屋には無かった。
きっと朝のうちにどこかに行ったのかもしれない。
なんでこういうときに居ないのよ…とガックリと項垂れていると、
大男のでかい体の後ろからソソソ…っと姜維が出てきた。




「すみません、殿!…張飛殿、姫は昨晩こちらに来たばかりなので疲れていらっしゃるんです。

もう少し静かに…。」

「ん?疲れてたのか?そりゃすまねぇな!」




大男はガハハハハハ!と笑うとビクビクしているの手を取ってブンブンと握手を交わした。
その勢いでは空中に投げ飛ばされるかと思った。



「俺は張飛だ!すまねぇな、疲れてるとは知らずによ。なんせ兄者達から、

天狼から姫が来たってことくらいしか聞いてなかったからな。」

「いえ、…でもこのままだとずっと寝てたかもしれないんで逆に良かったです。」

「そうか?ま、次からは早く起きれるようにしとけよ!」

「あ、はい!」



また張飛はガハハハハと笑うと、今度はの頭をくしゃくしゃと撫でた。
寝相の悪さの規模を表す寝癖が付いていたので、結局髪形は変わらなかった。



「で、張飛さんと姜維さんはなんの用事でここへ?」

「あ!そうだったな!姜維、諸葛亮のとこに連れて行くんだろ?」

「はい。丞相からお話しがあるので早めに部屋へと言われてきました。」

「え?!なら早く着替えなきゃ!!」

「…服。」

「ありがとう哀…っていつからいたの?」

「…ずっとここにいたわ。」

「うおぉおおお!!!狼が喋ったぞ?!」

「この狼は一体…?!」

「…天狼の使者、私は哀。」




淡々と喋りだす『哀』を見て張飛と姜維は驚きを隠せないでいた。
に至っては、「また見捨てられてたのね、私…」とショックを隠せないでいた。
『哀』はそんな3人をほったらかし、箪笥からの服を取り出してきた。



「あれ、あの青い服じゃないね?」

「…あれは今日の夜用。朝はこれ。」



淡い緑が基調の可愛い服なのだがとても歩きにくそうな服だった。
その服を寝台の上に乗せると、『哀』は張飛と姜維に「…着替えるから外へ」と言った。



「早めにお願いしますね…その、丞相怖いですから…」

「はい!すぐ着替えます!!」



2人が出て行くと奥の棚の影から残る2匹が尻尾を振って出てきた。
そして2匹は人間へと変化すると、『哀』が寝台の上に置いた服をマジマジと見つめた。




「うわv可愛い服だね姫!」

「この横に花飾りが付いてんのがいいな、これ。」

「ふーん…。」

「姫さんすごく今日素敵!!ボク抱きしめたいv」

「俺も同感だ。」

「……あっそう。」



「…兄さん達の好感度が下がったみたいよ。」

「だってものすごい音で戸をたたくんだもん。」

「まるで何かの爆発音だったな、あれは…」

「ま…張飛さん怖そうだけど優しそうだよ?…でも次見捨てたら毛皮にするからね、もう…」


「(今サラッと怖いこと言いやがった!)」

「(顔に似合わず毒吐きだ、姫さん…)」




は寝台の上に置いてあった服を持って『哀』と奥の小さな部屋に入った。
そして『怒』と『喜』は自慢の毛がなくならないように「もう見捨てない」と心に誓ったのだった。


















一方、天狼の姫の噂はもう蜀中に広まっていた。
もちろん城中の話は天狼の姫についての噂でもちきりである。
特に女官の間では「願い事を叶えてもらえる」という変な噂までも流れていた。
実際そんなことはできないが、星の姫ということでそんな根も葉もない噂ばかりが立っていた。

そして鍛錬場でも休憩中の兵士達がひそひそと噂を話していた。
その横を白い鎧を纏った青年が通り、その先の木の下で寝転がっている青年の隣に腰を降ろした。



「周りは天狼の姫の噂ばかりだな。なんでも夜中に城に着いたとか言っていたが…」

「趙雲、お前も噂話か…」

「馬超は興味がないのか?」

「全く。俺は自分の目で見たものだけを信じる主義でな。」

「いくら美人であっても?」

「…いくら美人でも興味は無い。」



そう言うと馬超は重たそうな兜を手に取るとゆっくりと体を起こした。
だんだん外が冷え込んできたせいか耳を掠る風が痛い。




「もう切り上げるのか?」

「噂だらけで頭が痛いからな。」




短く趙雲にそう告げると兜を被り鍛錬場を後にした。

向かう先は自分の部屋だが、この時間帯は徒弟である馬岱が執務に励んでいる頃だ。
しかもその執務は馬超の溜め込んだもの。
もし戻れば長い長い説教を食らわされるに違いない。
今部屋に戻るのは不味い、と思い馬超はどこか日のあたる場所を探した。

そしてふと、天井を見上げてピンときた。




「屋根に登るのも悪くは無い、か」




城の南側によく日の当る渡り廊下がある。
その屋根に登れば暖かいし、馬岱に見つかることもないだろう。

馬超は急いで南の渡り廊下に向かった。























「それにしても彼らが使者なんですね…。」

「なんか文句あるのかよ。」

「い、いえ!!そんなことは…(狼に負けてどうする伯約!)」

「怒は口が悪いから気をつけてくださいね。怒なんかに下手にでちゃダメですよ?」

「あ、はい…」

「だーーーーはははははははは!!!なんだか頼りねぇなぁ姜維は!」




張飛の豪快な笑い方に『怒』がビクビクッと体を震わせた。
いくら強気な『怒』でも朝のトラウマには勝てないらしい。
もちろんその隣にいた『喜』もビクついていた。





「あ…。」


丁度一行が廊下の中盤に差し掛かった時に廊下の突き当たりの曲がり角から、
ひときわ目立つ兜を被った青年が現れた。
はその龍を象ったような兜の派手さに思わず声を漏らしてしまった。

青年はこの一行に気付くと顔色ひとつ変えず、真っ直ぐにこちらに向かってきた。




「これは張飛殿…それに姜維じゃないか。」

「お!馬超じゃねぇか!またサボってんのか?」

「これからサボりですよ。…で、姜維その後ろの娘と獣は?」

殿です。天狼の姫とその使者達です。」


「ほーう…。」



馬超はこいつがあの天狼の姫か…とまじまじとを見た。
別に神々しいような雰囲気を持ってるわけでもない。
ましてやすごく美人、といったものでもない。
ただ、まぁまぁ綺麗な顔立ちをしているな…とは思う。



「(緊張感の無い姫だな。)」



この乱世にはない微笑み方をしている。
まるで戦など知らないような、純粋な笑み。
馬超はの見せる微笑が何故か腹立たしく思えた。

そんなの周りにいる狼達は牙をむき出しにしてこちらの様子を伺っていた。
どうやら使者達にとってはあまり好印象ではないようだ。

馬超は毒づくと、溜息混じりで喋りだした。




「俺は馬超、字は孟起だ。…姫ではなく、ただの娘だな」

「あはは…本当にただの娘ですから…」

「どんな女が来るかと思っていたが……少々残念だ。」



この人なんだか嫌な人だな…と思いつつもは苦笑していたが、
『怒』は我慢できずに馬超の前にゆっくりと歩み出た。
他の2匹も威嚇しはじめる。



「この餓鬼が…姫さんを侮辱することは許さんぞ」

「ちょっと怒!」

「ほう、喋る狼か。…それにしても、使者のしつけもなってないようだが。」

「しつけって…」

「馬超殿!!一体どうなされた…」

「これはすまなかった。悪戯がすぎたようだ。」




馬超はフッと冷笑すると「ではな。」と言って廊下を歩いていった。
張飛と姜維が困惑した顔をして馬超の背中を見送った。

その後ろ姿が見えなくなるとはへなへなとその場に座りこんで盛大な溜息をついた。
こんな緊迫した場面に合うことが無かったため、どっと疲れてしまった。




「こ、怖かった…」

「姫さん大丈夫??」

「…ちゃんと、立てる?」

「大丈夫だしちゃんと立てるよ。…でもちょっと嫌な人だったな…」

「本当はあんな人じゃないんですが…何かあったのでしょうか…」

「私が何か癇に障るようなことしたんじゃ……」

「いや、そりゃねぇ。…ま!アイツもただ虫の居所が悪かっただけだろうよ!

気にすんじゃねぇぞ!」




張飛にポンポンと叩かれた背中が少し痛かったが、力強い励ましがとても嬉しかった。
は「馬超さんにはあまり関わらないほうがいいかも」と、頭の中に要注意人物として書き込んだ。
またこういう場面に出会ってしまうかもしれない。
なるべく衝突しないようにするべきだろう。


は立ち上がるとうーん、と背伸びをしてモヤモヤした気持ちを入れ替えた。




「さ!諸葛亮さんのところへ行きましょう!」




一行はまた歩き出し、その場を去った。






























「(大人気ないな俺は。)」





そのまま立ち去ってよかったはずなのに。

馬超はまたさっきの廊下へと戻っていた。
別に戻るつもりはなかったが、いつの間にか足が勝手にその廊下へと歩かせていた。
そして、戻ってきた時に丁度一行が次の廊下へ行くところが目に入った。
その最後尾にはの姿が。

ふと先ほどの笑みを思い出すと、また腹立たしく思った。
だがそんな風に思う自分が悲しくなる。





「(腹が立つのか、悲しいのか…どちらかにしてほしいものだ…)」





馬超は「あの使者の言うとおり、俺は餓鬼だ」と小さく嘲笑すると、
目的地である日当たりのいい屋根を目指した。
















アトガキ


馬超さん登場、そして張飛も登場。
でも馬超さん何がやりたいのかわかりません。笑
あれです。好きな子は虐めたいタイプ。(ん?汗
どうもヒロインのノホホンとした空気に調子を狂わされてしまうようです。
次は丞相から大事なお話しを聞きましょう。

2007.1.26(fri)