一同が喋る狼を前にして唖然としていると、『怒』が走るのをピタッと止めて、
を怪訝な顔(多分怪訝な顔だろう)をして見てきた。



「して…姫さん、そのスットコドッコイな服可笑しいぞ。」

「スットコドッコイ?!」

「あっははははは!初めて見たよ〜そんなダッサイのv」

「…私もはじめてみたわ…」



あとから『喜』と『哀』も批判してきて、は微妙なショックを受けた。
…毛皮だけの狼には言われたくない。
パジャマは冬用でフリースの生地でできていて、デザインはそんなに悪くはない方だ。
ただ色が黄色でちょっぴり餓鬼っぽい。
 


「…姫、まるでヒヨコみたい………おいしそう。」

「え゛!!!(餌?!)」

「ぅおら!!哀!!」

「!」



『哀』がそう言うや否や、『怒』から強烈な犬蹴りを喰らっていた。
この使者たちは大丈夫なのだろうか、と誰もが吹っ飛んでいく『哀』を見て心配した。
『哀』はもう慣れたような態度で、吹っ飛んで行った場所からまたのところへと戻ってきた。


「(う〜ん…哀の言うとおり、ヒヨコみたいかも…)」


ふに、とふかふかした黄色い生地をつまんでいると劉備と目が合った。
まさかこの人も指摘してくるのか?!と身構えると劉備は慌ててモゾモゾと何かを言い出した。



殿、こちらで服を用意をするが…どうだろう?」

「え!そ、そんな悪いですし、このパジャマ結構暖かいですし…」

「我々のためにここに来てもらったのだ。それくらいはさせて欲しい。」



なんて優しい人なんだろう。
さりげなく見せる微笑が輝いて見えた。
図々しくも「お言葉に甘えて…」と言おうと思ったが、『喜』がズボンを咥えて少し引っ張ってきた。



「喜、どうしたの?」

「姫さんの服ね、ちゃんと持ってきたんだよボクらv」

「どんな服?」

「見てなよーっと…………………こんな服!!!」



『喜』がどこからともなく持ってきたのは、青が基調のヒラヒラフワフワキラキラした、
天女が纏うような服だった。
それを見て劉備と関羽と諸葛亮が「これは見事!!」と言わんばかりに感嘆している。



「これ着るの…?」

「……嫌なの?」

「いや、そうじゃないけど…私汚したりするかもよ?」

「自動修復機能があるから大丈夫だ。存分に汚し、破いてしまえ。」

「(すごい機能付だったのね…)」

「ほらほらほら!着てみて着てみてv」

「ここで?!」

「なら私達は外に出ています。殿、関羽殿、合図があるまで外に出ていましょう。」

「す…すみません。」

「よいよい。では外で待っておるぞ。もし手伝いが必要ならば女官を呼ぼう。」

「多分大丈夫です!」



劉備達が部屋から出ると、3匹はちょこんとの傍に座ったまま。



「貴方達はここにいるのね?」

「俺と喜は男だから後ろ向いておく。哀は女だから手伝いだ。」

「へ、そうだったの?」

「…私…女よ。」



『哀』はそう言うとボンっという音を立てて、背の低い可愛い女の子に変身した。
髪の毛は毛皮と同じ灰色で目の色は赤。
顔には少しそばかすがあったが、それがまた可愛らしかった。
元が狼だとは誰も思わないだろう。

はというと、生まれて初めて動物の擬人化を見てしまい開いた口が塞がらなかった。



「…ボヤッとしてないで服脱いで。」

「はい!(なんだか擬人化怖いなぁ…)」



さっさと急いで服を脱いだ瞬間すごい勢いで服を着せられた。
そして手際よくシュッシュッと紐を結んでいき、あっという間に着替えが終わってしまった。
『哀』は「…これで…完璧」と言うと、またボンっという音を立てて狼に戻った。



「…姫…この変化、誰にも言わないでね。」

「うん、分かった。」

「もう見ていいのー??」

「もう見ていいよ、2匹とも。」



『怒』と『喜』が尻尾を振って振り向いた。
そしてグルグルとの周りを歩きだす。
『喜』は一周し終わるとまるで笑ってるような表情をしてに言った。




「姫は胸でかかったんだ!!!」

「馬鹿喜!ちょっと大きい声で言わないでよ!」

「馬鹿喜って…でも本当だからいいじゃーんv」

「俺も思った。」

「怒まで………よし、今度からエロ怒とエロ喜って呼ばせてもらうね。」

「えーーー!!」

「何?!」

「諸葛亮さん〜、もういいですよ〜。」



は「そんな名前嫌だ!」と反対する2匹を無視して諸葛亮たちを呼んだ。
扉が開くと同時に2匹は尻尾をダラリと垂らしての傍にしょんぼりと座る。

ぞろぞろと入ってきた諸葛亮たちはの服を見てまたもや感嘆していた。




「これは綺麗な服ですね…殿のさっきの服よりも似合ってますよ。」

「ありがとうございます諸葛亮さん(どうせヒヨコでしょうヒヨコ…)」

「拙者の養子の関平にも見せてやりたいものだ。」

「見せれるものじゃないですけど…(おじ様養子がいるんだ…同じく髭たっぷりなのかな…)」



だが養子と言うことは血が繋がっていない。
ということは関羽のような素敵な髭は無いかもしれないと思うと、少し残念だなとは思った。
血は繋がっていなくともきっと関羽に似て律儀な人だろう。

がボーっと考えこんでいると、劉備がパンと手を叩いて嬉しそうに言った。




「歓迎の宴を今から開こうではないか!」

「い、今からですか?!」

「早く皆に紹介せねばと思ったのだが…。」

「殿、今日はもう休んだ方がよろしいですよ。殿も疲れているでしょうから…」




も劉備の言う皆には会ってみたいが、今日は流石にキツイ。
本当ならもうベッドに入って寝ている頃だ。
殿である劉備からの申し出を断るわけにはいかないだろうなと思ったが、
諸葛亮がここでやっと助け舟を出してくれた。




「そうか…ならば明日の夜にしよう!」

「殿さん、宴俺達も出てもいいのか?」

「ボクらの紹介もさせてくださいなv」

「うむ、もちろんだとも。皆の驚く様が見てみたいものだ。」




よしよし、と2匹の頭を撫でると劉備は女官を呼んだ。
すぐに女官が部屋に入ってくるとコソコソと「天狼の姫に用意していた部屋を」と言った。
女官はニッコリと頷くとのところへやってきた。




「李潤演と申します。今からお連れいたしますね?」

「え、お部屋用意してあるんですか?!」

「この諸葛孔明が死ぬまでは蜀に住んでいただくことになりますので。」

「それはどういう…」

「その話は明日にでも。」

殿、また明日会おうぞ。」

「あ、はい…劉備さん色々とすみません。」

「こちらこそすまない。それでは明日の夜、楽しみにしておるぞ。」

「私も楽しみにしてます。皆さんおやすみなさい。」




はぺこりとお辞儀をすると自分が着ていたパジャマと懐中電灯を手に持って女官の後についていった。
そしてその後ろをトテトテと『怒』たちがついていった。


扉がカタンと閉まるのを確認すると、劉備は心配そうに諸葛亮に尋ねた。








殿は無垢な子供ではないか…この戦の絶えぬ乱世に呼んでよかったのだろうか?」

「……。」




どうみてもは戦の知らない綺麗な瞳をしていた。
きっと平和なところで暮らしていたのだろう。
曖昧な敬語はあまり使ったことがないからだろう。

そんなを死と隣合わせの世界へ呼んだことに劉備は罪悪感を感じていた。

劉備の心情を察して諸葛亮は窓の傍へ立つと星を見ながら呟きだした。





「私の命運もそんなに長くはないはず。」



「諸葛亮…。」

「不吉なことを申されるな。」



心配している劉備や関羽を振り返ると諸葛亮は微笑んで白羽扇を星空に向けた。
そして夜空に輝く天狼星を見つめてまた呟いた。






「全ては蜀のため、殿には私の命と共に生きてもらいます。」






























「クシュン!」

「ん?風邪か?」

「んー…わかんない。」



その頃たちは女官李潤演に案内してもらった部屋でのんびりとくつろいでいた。
先ほど着た服は寝る時には向いていないということで、今はまたパジャマである。

『喜』は部屋中を駆け回って部屋を見回って、『哀』と『怒』はの隣でじっと座っていた。
中国っぽい飾りや格子を見ると、「私本当に知らない世界に来ちゃったんだ」と実感した。



「ね、見て!!服が沢山あるよ!!」

「はいはい…勝手に見ちゃダメだよ喜…」

「嬉しくないの?嬉しくないの?」



「…なんだか微妙かも。」




今頃家では皆眠っているだろう。
だけど朝になったら?

まずはじめに母が起こしに来る。
自分がいないと知ったら?


きっと心配性の母のことだ、まず警察に通報するだろう。
そして少なからずとも心配するに違いない。

そう思うと早く帰らないといけない、と思う。
だから、なんだか嬉しい…とは思えない。



「明日詳しい話を諸葛亮さんに聞こう。なんだか意味ありげなこと言ってたし。」

「あのじじいか…。」

「嫌いなの?」

「別に。よし!俺は寝る!」



『怒』は寝台に上がると一番端っこに転がった。
『喜』も「ボクも寝ようかな〜v」とその隣に転がった。
残るは『哀』と



「ちょ、ちょっと…使者の貴方達が寝台とるの?!」

「床寒いから普通嫌だろ?」

「ボクは姫さんと寝たいからここにいるんだけどなぁ?」

「…(なんだかなぁ…)」

「それともあれか?哀のように変化したら寝ていいのか?」

「あ、そうなの??」

「どこからそう来るかなぁ…。」



呆れるをほっといて2匹は同時にボンっと音を立てて変化した。
2人は『哀』と同じく灰色の髪で目は赤かった。
『怒』は短髪で背が高く、『喜』は長髪で背は『怒』よりかは低かった。
というか、2人とも結構美形だった。



「ほら、姫さん、添い寝してやるよ。」

「け、結構です!!!」

「姫さ〜ん、抱っこv」

「無理!!!!!」

「…見苦しいわ兄さん達。姫と寝るのは私よ。」



これまたボンっと音を立てて変化してきた『哀』。
のパジャマを引っ張って2人から遠ざけた。



「え、ちょっと待って…3人って兄妹なの?」

「…怒が長兄、喜が次兄、私が末なの。」

「(だから似てるんだ…)」

「それよか妹なら引き下がれよ。ここは兄優先だろが。」

「…やだ。」

「ほらでた!いつものやだ攻撃v」

「……2人ともうざい。」

「「何?!」」

「あ〜…三人とも〜…」



この兄妹はいつもこうなのだろうか。
睨みあう3人の中に割ってはいると1人ずつ片手を出させた。
こういう時はあれに限る。



「いい?今から私がグーとパーで分かれましょ!って言ったらグーかパーを出してね?

グーは握り拳でパーはただ手を広げるだけ。それで私と一緒だったら今日は一緒に寝よう。

ね、これでいいでしょ?」

「楽しそうだね!賛成賛成v」

「俺も賛成」

「…私も。」



「じゃ、いい?


『グーとパーで分かれましょ!』」











「「…。」」



「哀、一緒に寝ようねv…後2人は床ね。」

「そんなぁ…。」

「今日は仕方ない…当然明日も勝負だからな!」

「はいはい。んじゃおやすみ〜」






は寝台に寝転がると隣に狼に戻った『哀』がやってきた。
その寝台の下では「あー寒い」とか「人肌がー」とか聞こえたが、気にせず寝てしまうことにした。



「(おやすみなさい家族のみんな)」



窓から見える星達に聞こえない声で言った。
















アトガキ


はい、狼らの秘密がどんどん出てきました。
人間になれるというありきたりな設定。
一応見た目年齢が『怒』は20歳、『喜』は18歳、『哀』は14歳です。
実際は何百年も生きてる…はずですv(ぇ
無駄に長くなってしまいましたが、そろそろ奴を出したい。
頑張って出さなくては!(誰を?

2007.1.22(Mon)