「(乗馬がこんなに辛いものだったとは知らなかったわ…。)」



は馬に乗ったことをひどく後悔した。
走る反動でお尻を鞍で打つし、さっきから姜維の胸板で頭を打つ。
はっきり言ってちょっとした打撲ジェットコースターだ。
この時代の人はよくこんなものに乗れるなぁ、と心の底から感服する。

姜維はというとが落ちないようにとしっかり腹に手を回してくれているが、
何回か手の汗を拭いている。
あまりにも回数が多かったので「本当に大丈夫ですか?」と姜維に聞くと、
「女性と接することはあまりないので、少し緊張してるんです」とちょっと震えた声で返ってきた。
姜維があまり緊張しないようにと適当な鼻歌を歌ったところ、
爆笑されたがなんとか緊張がほぐれたようだった。






しばらく2人で楽しく話していたが、走行時間が長すぎて話のネタが尽きようとしていた。
の感覚からしてもう1時間以上は経っているはず。
お腹が少し空きだしているし、お尻の激痛にも限界が来ている。
一体あとどれくらいで城に着くのだろうか。



「姜維さん、城まではあとどれくらいなんですか?」

「そうですね…ここからだとあと少しですよ。」



あと一山超えれば着きます、と言った姜維に対しては「はぁ」と溜息を送った。
まだまだ打撲ジェットコースターは続くらしい。



「(こうなれば気合で乗り切るしかないよね!)」



と、いきり立ったものの数分後にはもう夢の中だった。








































「…殿。」


「(誰かが呼んでる。)」






「もう……ましたよ。」


「(もうましたよ?)」






殿!!城に着きましたよ!!早く起きなさい!!」

「きゃ!!!!諸葛亮さん!!!!!」

「一体何回呼んだことやら…。」

「す、すみません(姑ーーーー!!)」


ふと周りを見渡すと、ずらりと立ち並ぶ石造りの城門が見えた。
そして目の前には立派な中国風の城が聳え立っている。


「(で、でかい…)」


ちょっと規模の大きさに驚いていると諸葛亮がペシペシと羽扇で肩を叩いてきた。

いつかその羽扇の白い羽を全部むしりとってやる。
そんな野望が奥底から生まれてきた。



「それにしても…いつまで姜維の背中にいるんですか?」

「へ?!」

「起きなかったものですから…負ぶわせてもらいました。」

「うわーっ!すみません!!」


はスタッと素早く降りるとペコペコと姜維に礼をした。
さっきから暖かいなぁ…と思っていたが姜維の体温だったのか。
きっと自分が重たいということがばれただろう。



「頭を下げないでくだされ。…その、私はそんな嫌ではなかったので。」

「そ、そうですか…?(きっと諸葛亮さんにこき使われてるんだね)」



きっと自分の重さくらいのものを運ばされてるに違いない。
そう勘違いをしてシミジミしていると、城の方からぞろぞろと女の人たちがやってきた。
その中に髭が長くてしっかりとした体格の人がを見ていた。


「(うわ…すごく素敵なおじ様だなぁ…)」


その瞬間バチッと目が合うと、そのおじ様は堂々とした足どりでこちらにやってきた。



「関羽殿、わざわざ出迎えにきてくださったのですか?」

「兄者に言われたのと拙者の興味でござる。諸葛亮殿、姜維殿よくぞ戻られた。」



関羽はそう言って、視線をに戻した。
近くで見るとかなり大きい。
姜維も背が高いな、とは思ったがそれ以上に高い。



「天狼の姫君よ、拙者は関雲長。早速兄者のところへ案内しよう。」

「あ、ありがとうございます!私はって言います!」

「そうか…ならば殿でよいか?」

「はい!でも殿はいりません!」

「ははは、元気がいいでござるな。では、行こうか。」

「はい!」



は喜んで素敵なおじ様…ではなく関羽に連れられて城へと入って行った。
その様子を忘れられた存在の諸葛亮と姜維が見つめる。



「…丞相、殿は関羽殿のようなお方が好みなのでしょうか?」

「まだあきらめてはなりませんよ姜維。いずれ若さが恋しくなるでしょう…。」

「はい、丞相!!」



そんな会話がされていたとは知らず、関羽とは兄者…所謂劉備の元へとやって来ていた。








「おお!!天狼の姫よ参られたか!!」

「ははははははい!ここここここんばんわ!?」

「兄者、そんなに手を握り締めてはが困ってしまうぞ?」

「すまなかった…取り乱してしまったな。」



部屋に入った瞬間劉備はに握手を求めブンブンブンブン手を振ってきたので、
は腕がスポーンと取れてしまうかと本気で思った。
が、「落ち着かねば」と苦笑して呟き先ほどのハイテンションとは打って変わって、
冷静な劉備へと変わった。
そして呆然としているを椅子に腰掛けさせた。



「私はこの蜀を治めている劉玄徳と申す。

先日諸葛亮が不思議な書を見つけてきて4日にわたる祈祷が行われていたんだが…。

そうか、本当に天狼より来て下さったのか…!!」

「あ、あの、私日本っていう国からきたんですが…。」

「にほん?雲長、知っているか?」

「いや…拙者もわからぬ。…ではは天狼からの姫ではないのか?」

「それが、その…諸葛亮さんのかん」





殿は天狼の姫ですよ。」



諸葛亮さんの勘違いかもしれません、と言おうとした瞬間、
部屋の扉の方から諸葛亮がスススッと現れた。
その目はギロリとに向けられると部屋の温度が一気に下がった気がした。



「諸葛亮、…殿は『にほん』という国から来たと言っているが…」

「『にほん』とは天狼のことでしょう。…殿、そうですよね?」

「…はい、そーです、もうその通りです!」



自棄になって言い放つと諸葛亮の放っていた鋭い視線ががだんだんと柔らかくなっていった。
この人だけは怒らさない方がいいかも…と、予定していた羽扇むしり作戦はあえなく没となった。



「ならば書の通り天狼の使いも呼べるのか?」

「天狼の使い?!」

「……ホホホ。」

「(あ、この人今私を捨てたな!?)」

「書によれば天狼の姫は使いと共にいると書いてあったが…。」

「そうですか…(何それ、聞いてないし!!)」


諸葛亮にどうすればいいのか助けてアピールをしたところ口ぱくで、
「ど・う・に・か・し・て・く・だ・さ・い」と見捨てられた。
劉備と関羽の視線がに集まる。
これほど痛い視線は洞窟前以来だ。

こうなれば適当にやるしかない。
もし使いがこなくてもなんとかしてみせる!!

もう半ば半壊状態では窓へと近づいた。
そして小さいころに流行った某アニメの手まねをして、
空でピカピカ光るシリウスに向けて叫んだ。








「天狼の使者よ、ここに来ないとお仕置きよ!(来なかったら天文図鑑から名前を消してやる!)」
















シリウスからは何の反応もない。
ただとてつもなく寒い風がパジャマを通り抜けた。


「…(この姫、大丈夫だろうか…)」

「…(は大丈夫でござろうか)」

「…(流石に哀れですね)」


後ろからも「痛い」という視線が突き刺さるが、もうやってしまったこと。
は半ば諦めてシリウスを見つめた。


一瞬シリウスが黒くなった。
何かがモゾモゾと動いて見える。







「なにあれ?」






目を凝らして夜空を見た。
灰色の毛並み犬のようなシルエットが1、2、3つ。
もっと近づいてきたところを見てみようと窓から乗り出したら、
そのシルエットから叫び声が聞こえた。




「退け、姫さん!!!!」

「へっ?!」




その忠告は空しく、はその犬のシルエットの物体に激突され部屋の中心まで吹っ飛んだ。
が、関羽がすかさずを抱きとめたので怪我をせずにすんだ。

受け止めてもらえなかった3つの灰色のものは、唸り声をあげゆっくりと立ち上がった。




「…これは狼ですね。」

「ただの狼じゃねぇよ、じじい。」

「じっじじい?!」



ただの狼でないもの達は犬のように体をブルブル震わせて、
傷ついている諸葛亮の横を通りの前へやってきた。



「ようやく呼んでくれたな、姫さん。我らは天狼より使わされた使者だ。」

「ほ、ほんと?!」

「右が『喜』、左が『哀』、そしてこの俺が『怒』。…全く変な呼び方しやがって…よろしく頼むぜ姫さん。」

「よ、よろしく…。」





3匹の使者達は嬉しそうに尻尾を振っての周りを走り回った。
その様子はまるでボールを追い掛け回している犬のようだったが、あの口の悪さはなんだろう。
諸葛亮は今にも刻んで食べてしまいそうな形相になって、隣にいる劉備が怯えているではないか。



は変なものを呼んじゃったな、とちょっと後悔しつつもどこか楽しいなと思った。
なんせ諸葛亮に「じじい」と言ってのけたのだから。
















アトガキ


つ、疲れた…!!
…って、恋愛要素ないですが…汗
やっと出てきた関羽殿と劉備ちょん。
やけに長くなってしまいましたがお許しを…。
ヒロインさん使者出しました。
彼らは「狼じゃねぇ!」と言ってますが、
天狼種という立派な「狼」です。
いずれこの3匹をイラストに載せておこうかなと予定中。
次回、どんどん出てきます。(何が?

2007.1.21(San)