空がだんだん藍色に染まり、西の空に一番星が輝く頃。

やっとの思いで手紙を書き上げたと諸葛亮、そして恋愛担当の月英。
あれから何度も最後の部分に悩まされ、結局そこの部分の返事は書かないことにしたのだ。
もう3人ともぐったりして机に伏している。

後は手紙を渡せばいいのだが…誰に渡してもらえばいいのか。
は冷めたお茶を飲み干すと手紙を丁寧に畳んだ。






「諸葛亮さん、月英さん、すみません大事な時間をとらせちゃって…」

「いえこちらこそ楽しかったですよ。ですよね、孔明様?」

「ええ…なんだか昔を思い出しましたよ」

「(な、なんかラブラブな雰囲気かも…?)」






一体昔とはいつのことやら。
はこのほんのり桃色の雰囲気に耐えられず手紙を持って部屋を出ることにした。
手紙は明日にでも渡そう。
それに馬超の落し物も届けなくては…。

部屋の扉に手をかけると月英が見送りにきてくれた。
諸葛亮からは「絶対に1人で渡しにいかないように」との伝言が。
月英にわざわざ言わせるよりも自分の口で言いに来いと思ったがそれは口には出さずに心の中で思った。






「それでは、また手紙書くときにきますね」

「はい、また私もご一緒させてくださいね?」

「も、もちろんです!(緊張しちゃうけど今日はなんだか和やかでよかった…)」

「それといつか食事をご一緒させてください」

「え、…あ、はい!…ではもう部屋に戻りますね。」






最後にありがとうございましたと言うとはぺこりと頭を下げると、手紙を懐に入れて廊下を走って行った。
月英に微笑まれて少しドキドキしたが…どこか罪悪感で息が苦しかった。




それにしても廊下が暗い。
女官達がまだ火を灯していないのか…昼間に比べてやけに不気味な雰囲気だった。

しかもなんだか音が無い。
風の音や草や木々の葉が擦れる音。
それらが全く聞こえてこない。





「(なんだかやだな…この雰囲気…)」




小さい頃に見た学校の怪談のワンシーンが蘇る。
鎌を持った緑のオバケが、廊下をひゅーっと……。






「え?」






緑の女の人が廊下をひゅーっと…。







「…。」







目を擦ってみる。

目の前に何かいる。

緑だ。

緑の何かがいる。


死ぬほど怖いのに「見てみたい」という好奇心に背中を押され、
はよくよくそれを見た。







『………』

「あ…の…?」





女の人だ。
緑色の女の人はこっちを向いてニコッと微笑んでいる。
…だがよく見れば足がない。





「お、お、お、……オバケっ!?」

『…!…っ!』





女の人は必死に何かを言おうとしていたがなんと言っているかわからない。
すると今度はスーッと廊下を飛んできた。

ヤバイ。
本物の幽霊に会ってしまった。


は逃げようとしたが腰が抜けその場に崩れる。
呪い殺されちゃうのかな?と半ば死を覚悟してはバッと体を丸め伏せた。

……ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。
冷や汗が背中を流れ落ちていく。




『……』

「?!」




消え入りそうな凛とした声が自分の名前を呼んだ。




「え、あの!!!………あれ?」




勢いよく顔を上げたが、もう廊下には緑色の女の人の姿は無く廊下にポツポツと火が灯されていた。
風の音や草の音が段々と耳に入ってくる。

今の女の人は何て言おうとしていたのか。
それに何故自分の名前を知っていたのか。

考えれば考えるほど謎が深まるばかり。




「霊感…なんてなかったしなぁ…」




金縛りにもあったことないのに。
この世界では幽霊が見れるなんて…変なの。

よっこいせ、と立ち上がると服を叩いて砂ぼこりを落とした。




「(幽霊って緑色なんだ…。)」




白だけじゃなくて緑もあったんだ…。



緑…。



緑?








「あ!孟起さんの何かの飾り!」







は急いで駆け出して部屋に向かった。
部屋に着くとすぐさま机の上に置いていた飾りを探したのだが……。

すぐに見つけられるように簡単なところに置いていたのはずのあの緑色の飾りがない。

まさか李が捨てたのだろうか?
慌てて隣の部屋にいる李に「机の上に置いてた何かの飾り知らないですか?」と聞くと「存じませんが…」と返事が返ってきた。

李が捨てたわけではないようだ。
なら馬超が気付いて持っていったのだろうか?




「そうだよね…孟起さんの事だし勝手に入って持って行ったのかも…。」




この前勝手に部屋に入って寝てたし。
きっと…そうに違いない。




はほっと安心して溜息をつくとそっと懐から手紙を出した。

…これは諸葛亮と月英と自分の汗と涙の結晶だ。
最後の部分については返事をしてないが…今度直接会ったときにでも話そう。

使者の3人はこのことを知ったらなんていうかな?


『怒』ならきっと「姫さんに恋文なんて似合わねぇな」と言う。
続いて『喜』が「ボクにも手紙の内容見せてよ〜!!」とじゃれて来る。
『哀』は…多分黙ってこっちを見ているに違いない。


ただ1人で部屋に居てもつまらないだけだな…。








「早く帰ってこないかな…3人とも…」





コンコン。





扉を小さく叩く音が耳に入った。
まさか使者達がもう帰ってきたのだろうか?
は「はい!ちょっと待っててね!」と言うと相手が誰かと確認せずに扉を開けた。





「3人!!!…とも?」

「私は1人ですが…?」

「ご、ごめんなさい!!!(なんでここに陸遜さんが?!)」





扉の向こうに居たのはクスクスと苦笑する陸遜だった。
何故この部屋が分かったのかは分からないが、今は勘違いをしてしまったという恥ずかしさで一杯だ。




殿、すみません…勝手に部屋を探してしまって…」

「探した?」

「どうしても貴女に会いたかったんです。…もちろん危害を加えようなどとは微塵も思ってません」

「で、でも…きっと見つかったら怒られちゃいますよ?」

「それでも構いませんよ。」




貴女に会えるならなんでもします、と恥ずかしいことを口にする陸遜。
もう恥ずかしさの限界かも…とは廊下に誰も居ないことを確認すると陸遜を部屋に招いた。
もし誰かに見つかれば陸遜は何かと罰を受けるかもしれない。
李ならきっと秘密にしてくれるとは思うが…。

「(あ、そうだ!)」

陸遜に椅子を用意すると先ほど諸葛亮達と書いた手紙を陸遜へ渡した。





「内容、変かもしれませんが…」

「いえ!もらえるだけでも嬉しいですよ!」

「後、最後の方の言葉については…返事をしてないのですが…」

「構いません。ただ殿に私が貴女に惚れ込んでいること知っていてほしくて…」

「そ…そそうですか…(なんで恥ずかしくなる言葉がそんなに言えるんだよ〜!)」





お互いに照れて暫く沈黙が続いた。

陸遜をちらりと見るとほんのりと頬を赤くして下を向いていた。
「なんだか姜維さんみたい…」と思っていたが、パチッと目が合ってすぐに目をそらした。

また暫く沈黙が続く。









「そういえば、明日の昼に手合わせを申し込まれましたよ。」

「え?てあわせ?」



陸遜が重たい沈黙を破る。
それにしても手合わせというのは何のことなんだろう?



「はい、相手は3人ほど、…趙雲・馬超・姜維だそうです。」

「武術…の稽古みたいなものですか?」

「ええ、ただ明日は日ごろ使っている武器を使用ということでした。」

「危ないじゃないですか!」




何を考えてそんなことをするのか。
は「まさか馬超さんが言い出したんじゃ…」と心配したが、陸遜の話によればどうやら言い出したのは趙雲のようだ。
あんなに冷静で大人しい人が勝負を挑むなんて…。

もしかしたらこの世界ではこういう風に試合をするのが普通なのかもしれない。

が、危ないものは危ない。

まだあの3人の戦う姿を見たことがないにとって興味深々なイベントなのだが…。





「孫呉の武は蜀とはまた違う武術なのできっと見ごたえがありますよ?」

「……み、見てみたい…」




この話は格闘技を見るのが好きな人にとって美味しい話だ。
明日趙雲たちに見に行ってもいいかどうか聞きに行ってみよう、そして皆のカッコいい戦う姿を拝見しちゃおうではないか。
「どんな風に戦うんだろう?」と少し想像していると陸遜がギュッとの手を握った。
じんわりと陸遜の体温が手のひらから伝わってくると同時に顔が一気に熱くなった。






「り、陸遜さん?」

殿、私だけを見てください」

「え?!」

「貴女の目を他の者に向けさせたくない」






握られた手を引っ張られ、はすっぽりと陸遜の腕に収まると今までになく心臓が早鐘を打った。
首筋に少し陸遜の吐息がかかってくすぐったい。

「(恥ずかしくて死にそう!)」

そう思い、そっと陸遜の腕に手を持っていくと陸遜は何かにはじかれたようにを腕の中から解放した。






「すみません!…つい手が…」

「いえ、別にいいですけど…恥ずかしくて…」

「本当にすみません!」

「私は人に抱きつくの、とても恥ずかしいんですけど…恥ずかしくないんですか?」

「…恥ずかしい時もありますが…」






この人はどこか天然だな、と苦笑すると陸遜はが書いてくれた手紙を持って椅子から立ち上がった。
もう帰らなければ凌統達に何か探られるかもしれない。
もしもこのことがばれたら「密偵しろ」などと言われるだろう。

そんな命令には従いたくない…いや、純粋にと接したいだけ。






「あ、もう帰りますか?」

「はい。もう帰らなくては皆に何か言われるかもしれませんし。」

「…あ、小喬と大喬は元気にしてますか?」

「ええ、少々煩いですがね」






蜀の城を毎日探検してるんですよ、と言うとは「なんだか想像できるなぁ」と言って苦笑した。

この苦笑する顔も笑う顔も全て自分のものにしたい。

心の底に芽生える独占欲。
このまま組み敷けばいいものを…。
理性が固く欲に栓をしているのだろう。

陸遜は「お返事書きますね」と言うと部屋の扉の前に立った。
そしてくるりと後ろにいるの頭を少し撫でるとニッコリ微笑んだ。

ん?と不思議そうな表情を浮かべているをそっと抱きしめると耳元で小さく呟いた。







「私は、本気ですからね」



「!」

「まだ貴女の心は私には向いてませんが…いつか必ず向かせてみせます」

「陸遜さん?!」


「……では、ちゃんと温かくして寝るんですよ?」

「は…はい?」





ちゅ、と頬に唇を落とすとまたニッコリと微笑んで素早く部屋を去った。

は陸遜の唇が触れた場所に手を当てて呆然とカチャっと閉まった扉を眺めた。











『私は、本気ですからね』










陸遜の整った顔と真剣な眼差し。
そして頬にある彼の唇の感触。



「ど、どうしよう」



心臓が破裂しそう…。
自分は陸遜を友達のように思っていたのだが…。
まさかこんなに急展開するとは。

しかも大人しそうに見えて陸遜は大胆と見た。
いくら鈍感なでもこんなことをされて意識しないわけがない。





「…………あ、そういえば明日試合みたいなのがあるって言ってたなぁ…」





…いや、あまり意識はしていなかった。

かわりに陸遜が言っていた話を思い出した。
今思えば関羽と関平の戦っているところしか見たことがないような気がする。
たまに星彩が武器を持っているところを見るけど、誰かと戦っているところはまだ見ていない。


「きっと皆カッコいいし美人だから戦っている姿も様になるんだろうな…」


孟起さんはどうだろ?
あんなに不真面目な人でもちゃんと戦えるのだろうか?



「明日見ればいいよね」



それより今日は星彩とお風呂に行こう!
は黄色いパジャマを持って李のところへ行った。
李と星彩と一緒にお風呂お風呂!とワクワクしながら歩いていく姿を、
後ろから緑色の発光体がじっと見ていた。
















アトガキ


幽霊と陸遜登場ーうへへーん。
私の中の陸遜は腹黒・騙し・大胆…そんなキーワードの塊ですので。汗
可愛い顔して大胆な人の押しは強烈です。
ヒロインさんは皆を友達感覚とでしか見ていないので、
恋する男達は大変ですね。笑

さて!次は馬超たちに観戦していいか聞きに行きましょう!

2007.3.16(Fri)