「どうしよう」





は陸遜からの手紙を手に部屋を行ったり来たりを繰り返しては、「あー」だの「うー」だの唸っていた。

手紙をもらったはいいものの、はこの世界の文字が読めない上に書けない。
しかも陸遜はこの文通を他の人には秘密と言っていた。
かといって誰にも見せなかったら内容を解読することはできないので、
文通の許可をくれた諸葛亮なら読ませてもいいだろうと思い、
読んでもらおうと思っていたのだが。

なんだか恥ずかしくて見せたくない。

それに手紙を見て文句かなにか言ってきそうだし…。
だからと言って見せなきゃ内容も分からないままなわけで。



だから今最後の決断をしようと部屋で唸っているのだが…。







「ダメだ…やっぱり恥ずかしいっ!」







諸葛亮のあの目で見られるのは嫌だ!と寝台に飛び込んでみるがそんなことしても手紙の内容は分からない。

陸遜は一体なんて書いたのだろう?
何気なく手紙を広げて見ると綺麗な文字達が紙の上にズラリと並んでいた。


所々に自分の名前が入っているのだが…肝心な内容がやっぱり分からない。






「…もう諸葛亮さんのところに行くしかないよね」






馬鹿にされたっていいさ。
された時はあの白羽扇の羽を毟るだけよ。

そうと決まれば早く諸葛亮のところへ行こう。
それにこの手紙の返事を書かなくては。


「諸葛亮さん部屋にいるよね…」




扉の方を向く途中、ふと机の上にある昨晩拾った耳飾りが目に入った
早く馬超に返さないといけないのだろうが、今から持っていくとなくすかもしれ
ないので午後に返すことにした。



「早く読んでもらお…」



陸遜が返事を待ってるかもしれない。
は手紙を懐に入れると急いで諸葛亮のところへ向かった。















妙な緊張感を帯びながら諸葛亮の部屋をトントンとノックすると、姜維がヒョコっという効果音付きで出て来た。
の顔を見るや否や、にっこりと笑って中に通してくれた。
いつも明るくて忠実なところはまるで犬みたいだ。

犬の耳と尻尾付けたら可愛いだろうな…。

こんな可愛い犬なら飼いたいなと思いながら姜維の頭を見つめて部屋の中心に来ると、
諸葛亮がいつも持っている羽扇をゆらゆらと揺らしながら椅子に座っているのが見えた。
その傍で月英がお茶をいれている。

月英を見て更に緊張していると、諸葛亮が手招きをして椅子を用意してくれた。
その椅子に座ると「やっぱり来ましたね」と言って月英が入れたお茶をに出し、
すかさず手をにょきっと向けてきた。

どうやら早く手紙を見せろと言いたいらしい。





「わ、笑ったりしちゃダメですからね?!」

「手紙ごときで笑いませんよ」





…いつか髭を一本抜いてやる。
そんなイラッとしているを余所に、諸葛亮は姜維を部屋から出してから手紙を受け取ると、
いつものように静かな声で読みはじめた。





「…『殿、諸葛亮先生の許可をいただき今日から文通ができますね!

私は今までこのような文通をしたことがないので書いていてとても楽しいです。』」

「陸遜さん初めてなんですね、文通…」

「なんだか初々しくて微笑ましいですね、孔明様」

「ええ…まだ続きがあるので読みますよ」





コホンと一つ咳ばらいするとまた陸遜からの手紙を読み始めた。




「『昨日の呉の衣装を着た殿は本当に素敵でした。いえ…貴女ならきっと何を着ても似合うのでしょうね。

あの席で着てもらえるとは思ってなかったので嬉しかったです。

…あと、この手紙は周瑜殿達には内緒にしているので呉の面々の前で手紙の話を

出さないようお願いします。

それではまたお会いしたらお話しましょう。近いうちに愛しい貴女に会いたいです。  陸伯言』」







読み終えた瞬間、月英がガチャン!と急須を割り、諸葛亮の手から手紙がハラリと落ちた。
はヘナヘナと床に崩れて顔を手で覆う。


最初はいい。
ただ、最後の一文はなんと書いてあった?





「こ、孔明様、この手紙…恋文なのでは…?」

「…そのようですね、何気に。」

「(恋文って…ラブレター?!)」





生まれて初めて手にしたラブレターがまさかこんな時代の人からもらえるとは…。

こんなことは、これから先絶対に起こらないことだろう。
この世界にきたのと同じくらい貴重な手紙だ。




「どうします?返事書きますか?」

「書くけど…諸葛亮さん、なんて書けばいいんですか?!」




ラブレターの返事なんて当然したことはない。
諸葛亮が暫く手紙を見て考えていると、隣にいた月英に「紙を2枚と筆を」と言って持ってこさせた。





「…何する気なんですか?」

「返事を書くんですよ、貴女が。書きたいことがあれば私が文にしていくので、それを写しなさい。」

「あ、はい!」




は月英から紙を渡された。
一体何から始めたらいいだろう?
こう言う場合、友達感覚で始めたらいいのだろうか?

やっぱり最初はお手紙ありがとうって言うべきよね。




「最初は…陸遜さんへ、お手紙ありがとうございます…」

「……で、次は?」

「…私も男の人と文通するのは初めてです、陸遜さんがここにいつまで居るか分かりませんが…文通が沢山できるといいですね」



スラスラと諸葛亮が筆を走らせて、が言った文を漢文のように書いていく。
書くのすごい速いなぁ…と思いながら手紙の続きを言っていった。






が。






「…どうしよう…最後…」

「なんとも唐突な方ですね…私からは助言できませんよ」

「えー…」




そんな、貴方だけが頼りだというのに!
頭を抱えこんでいると床に落ちて割れた急須の破片を拾っていた月英がふと顔をあげた。







「少しお聞きしてもよろしいです?」

「え、あ、はい!」

様は陸遜殿をどう思っておられるのです?」

「陸遜さんは…」










陸遜さんは…………。

…どうなんだろう?




























やばい、やばいぞ伯約!
盗み聞きなどしてはいけないじゃないか!


1人諸葛亮の部屋の前で罪悪感のあまり頭を何回も床にぶつけていた。
側を通っていく人々が物凄いひいているが、今の姜維にはどうでもいいことであって。


それよりも先程聞いてしまった話…。





「(殿は陸遜殿から本当に恋文を…?)」





もしそうだとしたら…また恋敵出現か?!
同じ軍師、そして歳が近い、更に好敵手…馬超よりも厄介な恋敵が出現したものだ。
それに…呉は夜の情事がお盛んだと聞く。

…そんな野蛮な国の輩が純粋で無垢なに目を付けるなんて…。




「(あぁ…伯約、落ち着け…殿は陸遜殿が好きとは言ってないじゃないか。)」



そうだ…たとえが好きといっても友達感覚だろう…多分。
姜維は諸葛亮達の会話が途絶えた部屋の前から足早に立ち去ると馬超と趙雲がいる鍛練場に向かった。














「馬超殿ー!趙雲殿ー!」




「お、なんか来たぞ」

「聞いてくだされ!内密にしてくだされ!」

「き、姜維…まだ内容を言ってないと思うのだが…何を内密したいんだ?」






また何かややこしい話題を持ってきたんだろうと嫌な顔をする馬超と、
慌てすぎている姜維に苦笑を漏らす趙雲。

大体こんな風に額を赤くしてここに来るのは悪い話題の時だ。
姜維は悪い話題を聞くと何処かしら怪我をしている。

…今回は床にでも頭をぶつけたか…。


趙雲は姜維にまずは座って話せと言った。




「落ち着いたか?」

「な、なんとか…」

「んで、何があった?お前がいつもそうなるのは悪い報せの時だからな…」



「それが…殿、陸遜殿から恋文を頂いたそうなんです…」



「は?!」

「それは本当なのか?!」

「はい…本当は聞いてはいけなかったのですが気になってしまって…うわー!!!!!」

「姜維!お、落ち着け!」




今度は二人が使っていた槍に頭をぶつけだす姜維。
それを「しょうがない奴だな…お前は」と趙雲が止める。

が陸遜から恋文を…。

実は姜維よりショックを受けているのは馬超だったりする。
他国の者のくせに図々しい。

それに本当に好意を抱いて恋文を書いたのだろうか?
今回の劉備と尚香の結婚のように政略的な意図があるのでは?

どちらにせよこれからややこしい事になるだろう。
もしもがその好意に応えたのなら特に…。




だが素直に好きと書き綴れる陸遜が羨ましい。
きっと今の自分なら曖昧な気持ちしか綴れまい。







「(…俺はを好きになっていい人間ではないかもしれんな)」







が陸遜の好意に応えた方がにとっても両国に対してもいいのではないか?
それならこの曖昧な気持ちにも終止符を打てるかもしれない。
諦めてしまえばこうやって妬くこともないというのに。

そう思っていても心の中はやけに素直で。


が気になってしょうがない。
愛しくてたまらない。


この気持ちはそう簡単に消え失せるものではなさそうだ。





「(諦めの悪い男だな…)」



「馬超どうした?難しい顔をしているぞ?」

「いや…なんでもない」

「お2人とも、今の話は絶対に内密にお願いします!」





もしこれがバレタ時はあの恐ろしい緑の閃光を見ることになるのだから。
半ば泣き出す姜維に2人はうんうんと頭を縦に振った。







「…そうだ、呉に手合わせ願おうじゃないか。」




趙雲の一言に他の2人がバッと振り向く。




「お、趙雲面白そうなこと考えるな」

「なるべく殿に近づけさせないようにすればいいんじゃないかと思ったが…これは酷かな?」

「いや、いいと思います!」

「武術の面においてもいい案だと思うぞ。」

「ならば決まりだな。私は殿に言っておこう。後は諸葛亮殿か…」

「参加者はどうします?」

「もちろんこの3人だが…馬超、馬岱殿に参加するか聞いておいてくれ」

「…ああ」




少し顔色を曇らせた馬超に「何があった?」と声をかけようとしたが、
どこか聞いてはならないと思い、持っていた槍を姜維に預けて鍛錬場を後にした。

沈黙が鍛錬場を包む。

が、馬超が「ふあぁ」と欠伸をして沈黙を破り、少し重たい足を鍛錬場の出口に向けて歩かせた。






「すまんが、俺は部屋に戻る」

「あ、はい。執務…あまりサボると地獄を見ますよ馬超殿。」

「分かっている。じゃあな」







振り向かずに手をヒラヒラと振ると鍛錬場から出た。

の馬術はいつ頃再開しようか…と考えながら出口からすぐの曲がり角を曲がろうとすると、
ドン!と何かとぶつかった。
カラカラカラと音を立てて書簡が落ちる。







「すみません!」

「いや、別に……って岱か」

「あ、徒兄上」





一瞬怪訝な顔をした馬岱だったが、さっさと落ちた書簡を拾うと馬超にぺこりと礼をした。




「すみませんでした。」

「何がだ?ぶつかったことなら全く気にしていないが…」

「いえ、昨日のことです。…徒兄上に少し言い過ぎました。」

「………いやいいんだ、岱」

「ですが…」

「俺も曖昧すぎるんだ。楊とを重ねてみたり…には本当に悪いことをしたと思う」

「…」


「でも岱、俺はやはりが好きだ。どうしても目で追いかけてしまうんだ」





諦めることなどできるものか。

馬超は少し苦笑すると馬岱の肩をポンと叩いた。
いつもと違う雰囲気の馬超に戸惑う馬岱だったがつられて苦笑した。

本当は分かっている。
徒兄上がちゃんとのことを見ていたこと。
楊とは違うところもちゃんと愛していること。

ただ言いたかった。
自分も最初にの笑顔を見た時に「奥方様」と被ったものだから。
徒兄上にと奥方様は違うと。
そう言いたかっただけだった。

後々苦しむのは徒兄上だと思うから。




重い鎖で締め付けられていた心が段々と軽くなる。
今度はニッコリ笑うと馬超に背を向けた。





「徒兄上が恋敵だと、これから大変そうですね」

「…俺もお前が恋敵だと手が焼けそうだ」

「お互い様ですね」

「そうだな」





自然と2人が笑みを零す。
が一瞬にして馬岱の目つきが変わった。

とても、とても冷たい鋭い目つきに…。





「た、岱?」

「徒兄上…この書簡、一体何方のために持って来たと思います?」

「…お前まさか…最初からそのつもりだったのか?!」

「いえ、謝りたかったのもありますが…もちろんこれが主です。」

「(こいつ…はぁ…)」




どうやら今回は大人しく捕まっておくべきだろう。
ガシリとつかまれた腕がみしみしと言っているのは気のせい…でもなさそうだった。




「イタタタッ!!!おい岱!お前今骨を砕く気だったろう?!」

「さぁ?」

「(いつか殺されそうだな…)」





その後の馬超は馬岱の指導の下、昼過ぎまで執務をやらされたのだった。
















アトガキ


呉ー…がいない!笑
結局馬岱と馬超を仲良くさせちゃったよ…笑
今思うとこの連載かなり長くなりそう…汗
まだ魏も出てきてないのにv笑

さて、なんだか伯約さん盗み聞きしたようですが…。
書いてるあちしがわからない展開になってきました汗
次は陸遜とヒロインさんだけの御話!になる予定。

2007.3.15(Thu)