城の掃除がひと段落ついたのは、もう日が落ちたころだった。

兵士も将も皆へとへとである。
ただ1人異彩を放って水拭きを頑張っているを除いては。






「いやぁ…天狼の姫は元気だねぇ…あっしはもうへとへとだよ」

「私は朝から手伝ってなかったので…まだまだ動けます!」





この大掃除で仲良くなったホウ統にニッコリと微笑みかけるとまた廊下に雑巾掛けをしにいった。
たたたたっと雑巾をかけていった先が趙雲だったのでホウ統は「危ないよ?」と言いかけたが、
それはもう遅く。
は派手に趙雲とぶつかって廊下をコロコロ転がっていた。





ホウ統とはまた別の場所でその現場を見ていた関羽は、隣で微笑んでいる劉備に話しかけた。



は御転婆のようだな、兄者」

「ああ…だが微笑ましいな。」



ブンブンと頭を下げて謝っていると、そこまで謝らなくてもいいんですよと苦笑する趙雲を見ながら劉備は言った。
まるで我が子のような
最近はあまり話してなかったので、今日こそは一緒に食事をしようと劉備は決めていた。




「父上、大広間の掃除が終わりました!」

「おお関平。ご苦労だったな」

「雲長よ、今夜は私とと夕餉を共にしないか?」

「そうでござるな…今思えば関平はとあまり喋ったことがないだろうからな」

「はい。…ですが、一度食堂で話しました。面白そうな方でした」

「そうかそうか。ならが趙雲に謝り終わったら食堂へ行こうか」

「そうだな兄者」





まだまだ頭を下げているを半分笑いながらなだめている趙雲を見て3人は苦笑を漏らした。
暫く待って、謝り終わったを呼ぶと顔を赤くして劉備たちのもとにやってきた。




「先ほどは痛そうだったな、

「りゅ、劉備さん!見てたんですか?!」

「あんな大きな音を立ててぶつかれば誰もが振り向くぞ?」

「あちゃ…」




回りを見てみると女官や兵士がクスクスと笑っていた。
相当派手にぶつかってしまったらしい。
は更に赤くなってその場にいたたまれない気持ちになった。




「拙者も拝見していたが、見事な突進だったな」

「関羽さんまで…?!」

「拙者も早く掃除を終わらせていれば…」

「関平さんまでからかわないでください!」



関親子に笑われて恥ずかしさがピークに達すると、それを察して劉備が少し咳払いをした。



「今夜は雲長たちと夕餉を一緒にしないか?ここ最近と話してないので寂しくてな」

「もちろんです!ご一緒させてください!」

「よし、ならばすぐにでも食堂に行こうか」




劉備達は食堂に向かって歩き出した。
それに続いて他の将や兵士達も食堂へと向かっていった。
…ただ兵士のほとんどはファンクラブだったが、それは兵士内の秘密である。












食堂につくと4人は一番はしの席を選んで座った。
の前は関平で、こちらをちらちら見ては何か言いたげにしていた。
何か話したいのかな?とは思い、関平に「何かお話しします?」と聞くと、
パッと笑顔で「はい!」と応えてくれた。




「改めて…拙者は関平と申します。殿のことは父上からよく聞いております」

「なんだか恥ずかしいなぁ…。私も関平さんのことはよく聞いてました。

あと関羽さんと稽古していたところも少し見てました。」

「そうだったのですか?!拙者は全く気付きませんでした」

「あ、諸葛亮さんの部屋からちょっとだけ見えたから…」




確か丁度あの日は雪だった。
関羽と関平が武器を振り回しているのを見ては「すごいな…」と関心していたことを思い出す。
そういえば、関平の今まで見てきた武器の中で特に大きかった。
まるで大きな包丁のようだったが…重くはないのだろうか?




「あの、関平さんの武器って物凄く大きくて重そうなんですけど…重たいですか?」

「そこまで重くはないんですが…初めのうちは拙者も苦労しました。

握りが甘いとどこかに飛んでいってしまいますから…」

「(飛んで行っちゃうんだ…!!!)」




あんな大きい包丁が飛んでいくなんて恐ろしい。
はあの武器が飛んでいく様を想像してゾクゾクっと鳥肌がっ立った。

色々と話しているうちに頼んでいた料理が机に並べられて、話は一時中断となった。
の頼んだものは肉まんのようなもの。
それは結構な大きさで、2つ食べればすぐにお腹が一杯になった。
劉備はというと野菜が主で汁物が1つと中華っぽい炒め物が1つだけだった。




「どうした?」

「いえ…劉備さんの食べる量が少なくないなと思って…」

「そうか?これでもお腹はふくれるぞ?」

「…まさか使者達のせいで食料が少なくなってしまったとか…」



「…ゲホゲホ!!」

「兄者、大丈夫か?」

「あ、あぁなんとか…」

「(や、やっぱりそうなんだ…)」




だから諸葛亮があんなに怒ったわけだ。
もしあの3人が帰ってきたらちゃんと見張っておかなければ。

…だけどあの3人が帰ってくるのは後6日も後のこと。
寂しいなと思いつつも「この6日間蜀の食料は安全なんだよね」と、少し安心した。





「それよりも、最近城での生活は慣れたか?」

「はい、すっかり慣れました。」

「それは良かった。私の買った服や靴は気に入ってもらえただろうか…」

「もちろんです!私の大好きなものばかりです。…ただ、色々と買ってもらってるので、

なんだか申し訳ないなと…」

「ははは、そんなに気にしなくてもよい。父からの贈り物だと思ってくれたら私も嬉しい」

「…父からの贈り物…」

「嫌だっただろうか?」

「いえ!…なんだか照れるなっと思って…。買ってもらった服、これからも大事にしますね」





がにっこりと劉備の微笑みかけると、劉備もそれにつられて微笑んだ。
その光景を見ていたほかの兵士や将たち(その中に趙雲、馬岱、姜維も含む)も、
のほほん…とつられて微笑んだのだった。

目の前にいる関平も関羽も微笑みすぎてとろけそうになっている。
どうやら劉備とは蜀の癒し系のようだ。









この後、張飛と星彩もやってきて6人で楽しい会話をして過ごした。
星彩が来た途端顔を赤らめた関平にいち早く気付いたは、「これはもしかして恋の予感…?」と、
心の中でワクワクしていた。
だが星彩の方はというと関平の想いには気付いていないようだった。

このときは「関平を応援しよう」と心に決めたのだった。






















「いやぁ…それにしてもよく食ったな今夜は!」

「翼徳の場合、食ったではなく飲んだだろうな」

「今夜も酒樽を1つ空けてしまったそうだぞ?」

「ははははっ!いつものことだぜ兄者?」

「す、すごいな張飛さん…」

「蜀の酒のほとんどは父が飲んでしまうから…困ったものよ」

「拙者はせいぜい杯に5杯くらいしか飲めないな…」

「私は一応父くらいは飲むけど控えてる」

「「え?!」」




星彩のやや爆弾発言に関平との驚愕の声が揃った。
可愛い顔してザルだったのね、と親子は似るものなんだなとは思った。
ならきっと関平にも立派な髭が生えるよね!とも思った。


一行はを部屋まで送ると「また明日」とそれぞれの部屋に帰っていった。






はポツンと広い部屋に1人。
劉備が「1人は寂しいだろう。寂しい時はいつでも私の部屋で寝てもいいぞ?」と言ってくれたが、
は恥ずかしくて頭を横に振った。

本当は劉備についていきたかったのだが…。





「隣には李さんも居るし…そんなに寂しくはないよね」





と、呟いては日本から来たときに着ていたパジャマを持って隣の部屋の扉をノックした。
すると優しい表情で李が迎えてくれ、はほっとした。




「お帰りなさいませ。…パジャマをお持ちだということは湯浴みですね?」

「はい…その今夜は一緒に寝てもいいですか?」

「私とですか?」

「も、もし嫌なら別にいいんです!」

「ふふふ、嫌なわけありません。毎晩一緒に寝てもいいくらいですよv」

「ありがとうございます、李さん!」

「ならば早く湯浴みをして床につきましょう」

「はい!」






は李の後ろについていくと、李は微笑んでの手を握った。

まるで姉のようなその手が、ものすごく暖かく感じた。




































「馬超様、何か?」

「貴様…嘘をついただろう?」

「さて、なんのことでしょうか?」

「しらばくれる気か!」





馬超は嶺禮の近くにあった壁をダンッと強く殴った。
一瞬嶺禮は怯えるがすぐにいつもの冷たい顔に戻る。

そしてフッと嘲笑すると馬超の怒りで震える腕をそっと指でなぞった。




「馬超様…申しておきますが、貴方のせいであの子は怯えるはめになったのですよ?」

「何?」

「あの子が来てからというもの…馬超様は私を抱いてくださらなくなった。」

「…」

「馬超様ったら天狼の姫君が気になるのでしょう?だからこの私を捨てたのでしょう?

…本当に憎い子ですわ…私の愛する馬超様を奪って…」


「……は誰かに恨まれていると言っていたが…まさか貴様…」




「ええ、あの子を厩から引きずって倉庫に投げ込みましたわ」




淡々と喋る嶺禮に馬超は手を上げそうにあったがぐっと堪えて嶺禮を睨みつけた。
それを見て「あら怖い」と一言言うと嶺禮は馬超の背後に回って後ろからそっと抱きしめた。




「あの日は雪が降っていましたでしょう?だからお寒いと思いましてね…。

…火を灯して差し上げようと思いましたの。」

「?!」

「その前にあの子は馬超様愛用の上着を着ていたのでちゃんと預からせてもらいました。

そして倉庫に火を放ちましたわ…。とても美しい業火が倉庫を燃やして…」


「貴様……その首今ここではねてやる…!」

「!!」






馬超は自分の体に巻きついている嶺禮の両腕を掴み、体を翻して嶺禮を取り押さえた。
そして腰に携えていた剣を首元にあてる。

刃を向けられた嶺禮は怖気づいた表情も見せず、ただ馬超を哀れんだ目で見つめるだけ。
フンと鼻で笑うと馬超に冷たく言い放った。




「馬超様の一族…そして妻と子を魏の曹操に殺され、傷ついた貴方を癒し慰めたのはこの私でしょう?

自分の勝手で抱いた女をいとも簡単に殺すとは………錦馬超の名が泣きませんこと?」



「…っ!!」



「あと1つだけ言っておきましょうか…。天狼の姫君に恋焦がれても無駄なだけですわ。

どうせ諸葛亮様はお早めに亡くなる。だから…あの子はすぐに帰ってしまいますわよ?」






が元いたところに帰る。
そう思った瞬間、体を支配していた怒りがいっきに消えた。






「貴様…一体何がしたい…?」

「私はただ馬超様に愛されたいだけですわ。」







嶺禮は馬超の頬に触れたが、馬超がその手を払いのけて嶺禮を突き放した。
そして剣を腰に直すと嶺禮を睨みつけながら2・3歩離れた。





「もうお前の顔など見たくはない。…もうここに現れるな」

「あらお酷いこと…。だけど幻のような女に囚われた馬超様にはもう抱かれたくはありませんし。

大人しく出て行きますわ」

「さっさと行け!俺の気持ちが変わらぬうちにな!」




「哀れ錦馬超様」








そう呟いて嶺禮は馬超の部屋から颯爽と出て行った。

元凶は一応去った。
妙な安心感が馬超の心に訪れ、全身の緊張が解けていく。

嶺禮の言うとおり、自分は自分の勝手で嶺禮を抱いた。
なんの感情もなしにただ求めるだけで。
もちろん罪悪感はある。

だけど今はそれよりもへの想いが強かった。
そう認識した瞬間、馬超の足は無意識に動きだしてとある場所へと向かって歩き出していた。











いくつかの廊下を渡ってやってきたのはの部屋の前。



何がしたいのか分からない。
だけど今に会いたい。

じゃないと自分が自分じゃなくなるような気がする。




そんな焦燥感に煽られて馬超はそっと扉を叩いた。
中からトントンと足音が聞こえ扉に向かってくる。

しかし、カチャっと扉を開けたのは会いたかったではなく、付きの女官だった。
女官は怪訝な顔をして馬超を見る。




「こんな遅くに様に何か?」

「もうは寝ているのか?」

「ええ…今日は掃除も頑張っていたようですし、お疲れのようです。」

「……すまないが、少しの顔を見させてくれないか?」

「なにもしないというのならば…何かあったのですか?」

「ただ会いたくなったんだ」




そう言って馬超は李に連れられて部屋の中に入った。
部屋は1つの灯火だけで照らされて、その薄暗い部屋の中央には眠っていた。

馬超はの傍でくるとそっと頬に手を添えた。

ふにふにしたやわらかい肌が馬超の手のひらに触れる。
それだけで心が満たされていく。




「…馬超様、掛布団をお持ちしましょう」

「いや…俺はもう帰るが…」

「今は傍にいたいのでは?」

「…」

「先ほどはとても思いつめた表情をしてました。今、とても幸せそうですので。」

「ここに居ていいのか?」

「私の代わりに様をお願いします。…いくら将軍様といえど…今夜だけですからね」

「…すまんな」





李はふと微笑むと、持ってきた掛布団を馬超に渡して自分の部屋へと帰っていった。

馬超はその掛布団を寝巻きの上から羽織るとの傍に椅子を持ってきてそこに座った。
左手はの頬に触れたまま。
すやすやと寝息を立てるの顔を眺めて、少し苦笑した。





「お前の寝顔も間抜けだが…俺の方がもっと間抜けだな」






この想い、どうしてくれる?
お前は気付いてくれるか?




左手を退け、かわりにありったけの想いをこめての頬に唇を落とした。
そして心地よい眠気に誘われ、いつしか夢の中へと入り込んでしまったのだった。
















アトガキ


おじ様夢と見せかけて馬ー夢です。
李さんは馬超の気持ちに気付いてくれましたね。(多分汗
嶺禮さん、自分で書いてて怖いなと思いました。(そんな怖くないかな?汗
すごい勢いで馬超さんに転機が訪れてますが…私はそんな甘くないずぇ…笑
もうじき呉の方々が出てくる…はずです!

2007.2.16(fri)