もうすぐこの蜀に呉がやってくる。
そのため今日は城の大掃除だ。
城は結構広いため使用人達だけでは大変だろうと劉備が将達も手伝うように言ったので、
今日は総動員で掃除をしている。
姜維はというと、城の長い長い廊下の水拭きを手伝っていた。
もともと掃除は好きなのだがこれだけ長いとやはり疲れる。
朝から始めて今は昼過ぎ。
やっと城の廊下の半分と少しくらいを拭き終わった。
まだまだ廊下は続いていると思うと、いくら真面目な姜維でも少しはサボりたいと思ってしまうのだった。
ふと思い出すのはの笑顔。
「(やっぱり可愛いですよね…)」
天女のような微笑は姜維の癒しの元らしい。
あまりにも顔がほころびすぎて周りの兵士が一歩ずつ後ずさりしているが、
そんなことは今の姜維には関係なさそうだ。
暫く桃色の妄想をしていたが「(何をしてるんだ伯約!!)」と我に返り、また廊下の掃除を始めた。
それにしても最近と食事をしていない。
こともあろうにあの馬超と今日は昼を一緒にしたとか…。
少し仲が悪かった2人が仲良くなることはいいことなのだが、姜維は素直に喜べなかった。
もしかしたら恋敵になるのでは…?
と、最近思いだしている。
あの火事の時、大事そうにを抱えて業火に包まれた倉庫から脱出してきた馬超。
そんな馬超を見て、
「気に食わないと言っていたのに何故貴方が?」
と、正直思ってしまった。
あれほど「アイツを見るとイライラする」とか言っていたのに。
そしてその後になって何故自分が助けに行かなかったのかと自己嫌悪した。
もうそれは過去のことだから今後悔しても仕方がない。
「(それに殿が死ななくてよかったんだから、良かったじゃないか)」
今後の役に立っていけばいいじゃないか、とグッと拳を握っていると後ろから兵士が声を掛けてきた。
「姜維様、諸葛亮様からの伝言です」
「丞相から?…伝言の内容は?」
「第2倉庫の中にある椅子を2つ程と例のこの書簡を隠せと…」
「(天狼の書…か)」
兵士が懐から出してきた書簡を受け取ると姜維は「丞相に後ほど伺いますと伝えておいてくれ」と言って、
ここから少し離れたとこにある第2倉庫へと向かった。
天狼の書とは天狼の姫について書いてある書簡。
まだ他国の知らない情報が書いてあるため諸葛亮はこれを隠しておきたいのだろう。
「(詳しくは分からないが…きっとまだ何か考えがあるに違いない)」
諸葛亮のような軍師になるにはまだまだだなっと苦笑すると、
姜維はすぐ傍にある曲がり角を曲がって第2倉庫の裏側に出た。
そして入り口の方に回ると、扉の前でしゃがんでいる先客が目に入った。
俯いているので顔が見えなかったが、あの髪飾りとこの風貌からして自分の愛しい存在だとすぐに分かった。
「殿?」
…返事はない。
寝ているのだろうか?
この前の火事の件もあるのに、誰も傍にいないとはどういうことだろうか?
確か今日の昼に馬術を受けていると月英から聞いたのだが、指導者の馬超はどこにいるのだろうか?
姜維は返答のないに近寄ってみて、何故返答できないかようやく理解した。
は声を出さずに泣いていた。
一体何があったのだろうか。
姜維はの背中をそっとさすりながら何があったのか問いかけてみる。
「殿、何があったのですか?」
そう聞いた瞬間、が姜維に抱きついてきた。
そして姜維の体に抱きついたまま思いっきり泣き出してしまった。
いきなりのことに姜維はドキドキしてしまったが、抱きついてきたの体をちょっとドギマギしながら抱きしめた。
そしてトントンと背中を優しく叩くとが掠れる声で震える声で「怖い」と何度も言っているのが耳に入った。
何が怖いのだろうか全く分からないが、何かに怯えている。
「馬超殿が何かしたのですか?」と聞いたがは頭を横に振るだけで、何もしゃべろうとはしなかった。
暫く抱きしめているとは泣きやんで、まだ掠れる声でポツリポツリと呟きだした。
「私、色んな人に迷惑をかけてるんでしょうか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「なんとなくです…。私が来たせいで諸葛亮さんは短命になりましたよね?」
「前から体が弱い方でしたが…そうですね…」
「月英さんは諸葛亮さんの奥さんですよね?」
「ええ、お2人は蜀でも仲のいい夫婦と噂されてますよ」
「もし諸葛亮さんが早く死んでしまったら…月英さんは悲しみますよね?」
「それは…」
「だとしたら…私は月英さんに迷惑をかけてるのかな…って」
またの体が震えだす。
その目にはまた涙が溢れそうになっていた。
ズキンと姜維の心が痛む。
自分がを救うことはできないだろうか?
色々と考えているとは腕の中でふるふると頭を振った。
そして何かを決心したのか、すぐに涙を袖で拭って姜維を見上げた。
「今から言うこと…秘密にしてくれますか?」
「はい、約束します」
「…私、この前の火事の犯人に恨まれてるみたいなんです。」
「それは…真ですか?」
「はい。…だからこの蜀に私が来て、迷惑してる人達がいるんだなって思っちゃって」
「それで月英殿も迷惑しているんじゃないかと思ったのですか?」
「はい…。…こう皆には言えなくて…」
「なんだかよく分からないですよね」と苦笑するは少し弱弱しく見えた。
きっとここに来て不安だらけで、色々悩んでいたに違いない。
近くにいたのにそんなことにも気付いてやれなかったなんて。
姜維は自分の不甲斐なさに心で嘲笑した。
でも、今の力にならずにいつ力になるのだ?
今は自分の不甲斐なさを悔やむよりもを助けるのが優先だ。
さっきよりも少し力を入れて抱きしめると、少しだけの体が震えた。
「月英殿はきっと貴女を恨んだりはしませんよ?多分丞相の…夫の意思を受け入れていると思います。
もし丞相に反対ならば、もしかしたら殿はここにいないかもしれませんしね?」
「でも…」
「私達はいつも死と隣り合わせです。もちろん愛する人が死ねば悲しみます。…月英殿はそれも受け入れているはず。
…きっと月英殿なら『夫の命運尽きるまでこの身を傍に寄せ、歩んでいくのが妻の役目でしょう』
とか言うかもしれませんね」
「…」
「あの夫婦の絆はどんな刃で切ろうとも断ち切れないほど頑丈です。
だから、「これもまた夫の選んだ道だ」と歩んでいるのではないかと思います」
もし自分が誰かの妻ならそうする。
きっとその人と運命を共にするだろう。
…もしが自分の妻ならそうしてくれるだろうか?
その前にはここから去ってしまうだろうか?
そう思うとズキリと心が痛んだ。
「……なんだか姜維さんってすごいですね…」
「え?」
「考え方が大人っていうかカッコいいというか…とにかく素敵です」
「…そ、その…て、照れますね…」
「よし……なんだか元気でました」
「本当ですか?」
「少しでも蜀のためになるように頑張っていきます。…くよくよしてちゃダメですよね」
「そうですね。……あと私は殿がここの蜀に来たこと、とても嬉しく思っていますから…」
「…ありがとうございます姜維さん」
少しだけ和やかな雰囲気が流れる。
をしっかりと抱きしめていることも忘れて、2人は暫くそのままで笑いあっていた。
冬の終わりの肌寒い風が吹いても、今の姜維には早春に吹く春風。
姜維はずっとこの時が続けばいいのに、と心の底から思った。
「え?私は呼んでませんが?」
「何?」
その頃、馬超は嶺禮の言われたとおり馬岱のところまでやってきていた。
あの後嶺禮が馬超に早く行くよう促せてきたのでを馬から降ろそうとした。
するとは何かにはじかれたように馬から自力で降りるとそのままどこかへ姿を消してしまったのだ。
一体どうしたのだろうかと心配して後を追おうとしたが嶺禮が行く手を遮った。
「あの方のことは私に任せてくださいな」
そう言って馬超を馬岱の元へ早く行くように促した。
そして渋々馬岱に「急ぎの用事とはなんだ?」と今聞いたところ「呼んでない」ときた。
…ということは、嶺禮は嘘をついたのだろうか。
その前にはあの後どうしたのか。
もし1人でいるのならば危険だ。
また誰かに命を狙われるかもしれない。
「徒兄上、私に何か用事なのですか?」
「いや…なんでもない。」
「掃除サボらないでくださいよ?」
「わかっている。…もし嶺禮を見かけたら捕まえておけ。」
「はぁ…?」
「(早くのところへいかなければ。)」
馬超は怪訝な顔をした馬岱に背を向けて、今来た道を急いで辿って厩に出た。
もうの姿は見えないが、きっと近くにいる。
適当だがなんとなく確信が持てた。
ただ闇雲に辺りを走っていると聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
声が聞こえるのは第2倉庫の入り口。
こちらの裏からはわからないが、この声はだ。
「おい、お前…」
「姜維さん、なんだか色々とありがとうございました」
「(姜維?)」
どうやらは姜維と一緒のようだ。
馬超はが1人ではないことに安心して2人のいる方へと向かおうと足を進めた。
だが、ふと照れた姜維の声が聞こえてきたとき急に足が動かなくなった。
「抱きしめてしまってすみません…その、体が勝手に…」
「いいんです。初めて抱きしめられちゃったんですけど…なんだか安心しました」
ズキズキと胸の奥が疼く。
ただ抱きしめられただけの話じゃないか。
なのにどうしてこんなに傷ついているんだ?
が無事だったというのに何故こんなに傷ついているのだろう。
「では、掃除手伝いに行きますか?」
「はい!蜀のため皆のために掃除に励みます!」
「あはははは、私も共に頑張ります」
共に笑いあっている2人が目の前を通りすぎていった。
結構近くにいた馬超には全く気付様子はなく、そのまま城のほうへと帰っていった。
馬超はただ1人その場に佇む。
が姜維に見せた笑顔が頭から離れなかった。
気に食わなかった笑顔が今とてつもなく愛しく感じる。
姜維よりも自分だけにその笑顔を向けていてほしい。
そんな思いが胸を過ぎった。
そういえばここ最近あの笑顔を追いかけていたような気がする。
の傍が一番居心地が良かったような気がする。
まるで昔のような心地よさがあって…。
「…俺は…」
認めたくない。
あの二の舞になるかもしれないから。
また失うのが怖いから。
だけど、この溢れ出す気持ちは止めることが出来なかった。
「俺は…」
がどうしようもなく好きなんだ。


アトガキ
ぎゃはー……激・沈v(撃沈じゃないのか?
書いてる自分がいやになるわ(ぇ
伯約さん頑張ってます。
しかもヒロインに手を出しちゃって…汗
馬超さんつに気付きました!覚醒印使いました!(ぇ
もしかしたら泥沼状態になってしまうかも…?
次回、おじ様達と優雅に過ごします。
2007.2.15(Thurs)