冷たい風が吹く冬の川辺。
まるで1つの建物のような船に沢山の積荷を積む兵士とそれを指示する者の姿が目に入る。
その指示する者は少し肌寒い日だというのに上半身裸だ。
大声を張り上げては兵士達に積荷を運ばせて、自分も重たそうな積荷を運んでいた。

重労働だから暑くなるのかもしれないが…はっきり言って見ているこちらが寒くなってくる。





「甘寧殿には季節感がないんですかね…」




少年は呆れたように言うと、隣に置いておいた赤い帽子をサッと軽く被った。
赤を基調とした服がよく映えている。

ゆっくりと立ち上がると服に付いた砂を叩き落として城の方へと足を進めた。
その少年が向かう先は軍議室。


蜀の軍師諸葛亮が天狼の姫を呼び出した。
噂によれば、その姫は強大な力を秘めており呼び出した者に力を貸すというもの。
その力は大陸を1つ消すほどの力だとか…。

…となると呉の天下取りは危うい。


今日はそのことについての軍議をすると朝から報告があったのだ。
なんだか疲れるな…と思うが、自分も若輩ではあるが軍師の端くれ。
呉の天下のためにこの智を捧げなければ。
それに呂蒙達からの期待にも応えたい。




「(この件について…私に何ができるだろう…)」




そんなことを考えながら軍議室までの廊下を歩いていると目の前の人にぶつかった。
前をよく見ていなかったため、前方に人がいるなどまったく思っていなかった。

ぶつかった相手は意地悪そうな笑みを浮かべて、赤い帽子を上からガシッと押さえつけた。





「凌統殿、やめてくださいよ…」

「その前に陸遜がぶつかってきたんだろ?これはそのお返しさ。別にいいだろ?」





凌統が帽子から手を離すと陸遜は一度帽子を取ってから被りなおした。
早く軍議室に行きたいのに凌統はまだ何かを話そうとしている。
どうせたいした話じゃないのに…と毒づきながらも少しだけ耳を傾けた。




「それにしても…、また難しいことでも考えて歩いてたわけ?」

「いえ…蜀にいる天狼の姫について考えていただけですよ」

「へぇ…そういや天狼のお姫さんは結構可愛いらしいぜ?陸遜、巧みに呉に引き入れるってのは?」

「…却下ですね。それにどうやって引き入れるんですか?」

「アンタの魅力ってやつでいちころにすればいいさ。女官達の間では朝も昼も夜も人気だって聞くぜ?」

「……凌統殿、あなたには負けますよ」

「どうかねぇ…でも最近飽きてきちゃったんだよね。」

「天狼の姫にちょっかいをかける気なんですか?」

「ま、かけれたらかけるさ。…んじゃ、俺は船の積荷手伝わないといけないんでね。」





凌統は「ちゃんと前見て歩かないといつか転ぶぜ?」と軽く笑って去って行った。
無駄な話をしたな…と思いつつもちょっといい案をもらった。

『呉に引き入れる』

そうすれば呉の天下は容易く取れるだろう。
ただ、術者である諸葛亮の元からはなれるだろうか?
…あの大徳のいる蜀だ。
もう天狼の姫は蜀の地に慣れ、根を伸ばしているはずだ。

すると引き入れることは難しい。
だからと言って、どこぞの盗賊のような行為には走らないだろう。



「人攫い…は極力したくはありませんね…」



もしも孫策様なら率直に「呉に来いよ!」だとか「仲間にならねぇか?」とか言うに違いない。
それに孫呉に人攫いなど非行に走る輩はいない。

…でも殺せ、とは言われるかもしれない。



「(どちらにせよ今の状況では無理だ)」



陸遜は赤い服をなびかせ、急いで軍議室へと向かった。











「お、陸遜。お前にしては遅かったな?」

「すみません呂蒙殿…途中立ち話を少しばかりしてしまったので…」

「そうか…まぁ凌統か甘寧のどちらかがお前にちょっかいでも出したのだろうな。」




あいつらはいつになったら落ち着くんだか…と、苦笑しながら陸遜に椅子を1つ出した。
その椅子に座ると奥から顔色の優れない周瑜と孫権、孫策が入ってきた。
少し遅れて「私も参加するんだから!」と孫策の背中を殴る尚香も入ってきた。

多分周瑜の顔色が優れないのは尚香のせいだろう。
尚香がああなるともう手のつけようがない。
ただ蜀の劉備は別だが。

皆が1つの大きい机を囲んで椅子に座ると、周瑜が1つ咳をして1つの紙きれを出した。






「先日諸葛亮から返事が戻ってきた。天狼の姫に会わせてもらえるらしい。」

「それ本当?!私友達になりたいわ!」

「尚香…一応言っておくが天狼の姫は我々孫呉にとって強大な敵だぞ?」

「だって権兄さま、私が玄徳様と結婚すれば敵じゃなくなるじゃない?」

「…それは…」

「姫、これは政略結婚だということを忘れないように」

「……わかってるわ…」

「ま、とにかくよ!天狼の姫ってやつに会わせてもらった暁にはどんなすっげぇことができるのか、

拝見させてもらおうって話だろ?」

「孫策、諸葛亮がそう簡単に見せてくれるとでも思うか?」

「そりゃ天狼の姫に頼めばなんとかなるんじゃねぇか?」





孫策は「すごい奴なら孫呉に迎えたいもんだぜ」と明るく言ってのけた。
隣で溜息をついている周瑜の顔色がまた悪くなっている。
この人も苦労人だな、と陸遜は同情するような目で周瑜を見ていると、その周瑜とバチっと目があった。




「…陸遜、君にいい案はないか?」

「いい案、ですか…」

「どんなものでもいいぞ。」




皆の目が陸遜に注がれる。
隣にいる呂蒙が「しっかり発案するんだぞ」と小声で言い、それに応えるよう少しだけ頷いた。




「……やはり、穏便にどんな人物かを調べた方がいいかと思います。天狼の姫がいる蜀との間に今亀裂を入れては強剛な敵を増やすだけです。

…今は蜀と共に曹魏を敵視するべきかと…」

「そうか……陸遜の言うとおり…今は強大となった曹魏を討つべきかもしれんな」




周瑜が暫く黙って何かを考えていたが、隣に座っていた孫策がいきなり立ち上がったせいでまた顔色が悪くなった。
「この人哀れだな」と陸遜が思っていると、孫策が席から離れた。
「兄上!」と孫権が止めようとするが孫策に止まる意思は無いらしい。

美周郎と言われる周瑜の眉間に深い皺が寄るが、そんなことは気にせず軍議室の出口に立った。




「それならそうと早く出航の準備終わらせようぜ!それに政略結婚と言ってもめでたいことにはかわりねぇ。

尚香、お前の衣装も作らねぇとな?」

「策兄さま…」

「君という奴は…」

「私も甘寧達の手伝いをしてきたいので失礼する」

「お!呂蒙も船見に行くか?!」

「奴らがまた問題を起こす前に行っておかねばと思いまして…」

「…よし、分かった。軍議は終わりだ。…では解散。」







長い話しにならなくてよかったと、ほっとしていると周瑜と孫権に手招きをされた。
その間、呂蒙は孫策と尚香と共に船へと向かって行った。
「私も早く行きたいのに」と思ったが、そうはいかないらしい。

真剣な表情の2人に少し緊張が走る。





「何か?」

「陸遜、噂によれば天狼の姫はお前と同じくらいの年齢だそうだ。」

「そうなんですか?」

「そこでだ。天狼の姫に近づき、その素性を探ってほしい。」

「わ、私がですか?!」

「お前くらいしか適任者がいないのだ…」

「仮に甘寧や凌統に任せてみろ。…大惨事になりかねん…」

「(大体予想はつくけど…)」

「くれぐれも怪しい行動はしないようにな」

「まぁ…恋仲になっていいのだぞ?」

「へ?!」

「ではな、陸遜」





孫権と周瑜は、ははははと笑うと陸遜を軍議室に残して行ってしまった。
取り残された陸遜は1人唖然としていたが「恋仲」という言葉が頭に浮かんでボンっと顔が赤くなった。
照れるなんて柄じゃない、と必死に頭に言い聞かせたがあまり効果は無かった。


「…恋仲、か」


天狼の姫はどんな人なんだろうか。
ふと廊下で出会った凌統の言葉を思い出す。

本当に可愛い人なんだろうか。
どんな声で話すのだろうか。


…もしも自分がその人に惚れたら…。




「(…ダメだダメだ!変な期待を持つな!)」




自分は今任務を任されたのだ。
こんな私情を持ち込むべきではない。

陸遜はブンブンと頭を横に振って軍議室から急いで出ると呂蒙達のいる港まで走って行った。

冷たい風をきってもまだ頬の辺りが熱い。
こんなことで照れたことなど一度もなかったのに。

おかしいな、と思いつつ港へつくとだいたいの積荷作業が終わって兵士や将達がガヤガヤと話しこんでいた。
その中に凌統や甘寧、呂蒙や孫策や尚香も混じっている。





「お、陸遜じゃねぇか!」

「か…甘寧殿…」

「あら、なんか顔赤くない?」

「え?!そ、そんなことは…!」

「…おいおい、俺はそんな趣味は無いぞ?」

「勘違いしないでください、甘寧殿!!!ここまで走って来たからです!!!」

「なーんだ、そうだったのか。…てっきりこの馬鹿に惚れたのかと…」

「あぁ?俺はお前よか馬鹿じゃねぇよ」

「そんなカッコして風邪ひかないアンタは相当の馬鹿だと思うんだけどねぇ?」

「なんだと?!」

「コラコラ止めんか!」

「おっ!始まったな!俺も混ぜてくれ!」

「ダメだって策兄さまっ!」




喧嘩し始める凌統と甘寧の間に孫策も割り込んで3人で喧嘩をし始めた。
それを止めに尚香と呂蒙が行くが全く歯が立たず、見守ることしか出来なかった。
周りの兵士達は余興とばかりに3人に声援を送っていた。

こんなことで呉は大丈夫だろうか?
また周瑜が顔色を悪くするに違いない。



「(この間に顔を冷ましておこう)」



陸遜は呆れながら騒ぎの中心から離れて船に上がると、一番見晴らしのいい場所に立った。
太陽の光でキラキラと川が光っている。

まるで天の川のようだ。



「(天狼の姫…ですか…)」



きっと素敵な人でしょうね、と期待を含めて呟いた。
















アトガキ


第一章終了!
だけど意味がわからないってね(ぇ
これから呉も魏も登場してくる予定なのです。
なんだか陸遜や凌統がプレイボーイみたい。
どうしても呉は若く見えます、皆が…。
今思ったけど、蜀まで川を伝っていくのかな?
海から行くのかな?汗
…今度勉強しておこう汗
地図を見ると川さかのぼっていった方が早いような…?
…実際その土地に行ってみたい。

2007.2.12(Tue)