「ここはどこ…?」
気が付けばそこは知らない倉庫だった。
ホコリを被った書物や弓矢など、使われなくなったようなものがずっしりと置き並べてある。
その中にちょっとしたスペースにはいたのだが…。
寝ていたのは厩だ。
なのに何故こんなところで寝ているのだろうか。
まさか馬超がこんなところに運んだのだろうか?
「馬超…はそんなことしないような人だと思うけどな…」
もしかしたら自分が寝ぼけて入ったのかもしれない。
どちらにせよ、この倉庫から出なければ。
なんだか寒いしな…と、馬超からもらった深緑の上着を探したが全く見当たらなかった。
馬超が意地悪でとっていったのかな?と思ったが、そこまで意地悪を仕掛ける人だっただろうか?
とにかく早く部屋に帰って湯浴みをしよう。
は冷えきった手を扉にかけた。
ガタガタガタ。
「え、なにこれ…」
ガタガタガタガタガタガタ!
「開かないよ!?」
何度も開けようとしたがその扉は開いてくれなかった。
押したり引いたり横に押してみたり…。
それでも扉は固く閉ざされたまま。
どうやら外から鍵がしてあるようだ。
「閉じ込められちゃったか…」
窓があれば出れる…と思ったがこの倉庫にはなく、ガッチリと木が周りを覆っていた。
これはヤバイ。
何回か扉を叩いて大声で助けを求めてみたが外からは何も聞こえなかった。
…完全に閉じ込められてしまった。
「凍死するかも…」
ひんやりとした隙間風がの頬を掠める。
現代の日本は温暖化のためか暖冬が来ていたが…ここはまだ温暖化していない時代。
寒さが尋常ではない。
何か暖かくなるものはないかと探したが、ボロボロの絹の服しかなかった。
はこれしかないんだから使わないと、とボロボロの服を体に巻き付けると部屋の隅に座った。
これからどうするか考えよう。
耳を澄ましてみても人の声はしない。
多分ここは人通りが少ない場所だろう。
無駄に声をあげて体力を使うより温存した方がいい。
はコツンと頭を壁につけると自分の白い息を見つめた。
「てめぇどういうことだ?!しらばっくれんじゃねぇぞ!」
「俺は知らん」
一方諸葛亮の部屋では一大事が起きていた。
説教を受け終わった3人が部屋に戻ったがはおらず、馬超のもとに探しにいったがそこにもいなかった。
「姫さんはどうした!?」と聞く『怒』に対して馬超は「知らん」と言うばかり。
その態度が『怒』の怒りに触れてしまったのだ。
そして『怒』と馬超がぶつかり合い、『喜』『哀』が必死の思いで諸葛亮の部屋へと連れて来たのだった。
部屋についても『怒』の怒りは収まらず、馬超の胸倉を掴みあげたまま。
馬岱や姜維、『喜』や『哀』が抑えようとするが物凄い力で吹っ飛ばされてしまう始末。
結局諸葛亮が劉備を呼び、二人をなだめさせたのだ。
「…兄さん落ち着いて…馬超さんの言い分も聞いて」
「そうです…まだ馬超殿が悪いとは決まっていません」
「……」
馬超の胸倉につかんでいたが『怒』は渋々と手を離して近くにあった椅子に座った。
そして月英がお茶を入れて渡したが、『怒』は「いらねぇ」と短く言って断った。
険悪なムードが漂う。
劉備は兵士達にを探せと命じると馬岱・姜維・『喜』・『哀』をつれて自分達も探しに出た。
馬超と『怒』の間に諸葛亮が入ると馬超に静かに尋ねた。
「…馬超殿、今日あなたは殿に馬術を教えていたのですね?」
「ああ…厩にいた。そしてアイツが寝たから俺もつられて寝てしまった。
その後起きたらもう居なかったんだ。」
「なんで餓鬼まで寝るんだ?自分から教えると言ったのなら責任を持て!」
「使者の方、落ち着いてください。……ですが孔明様、様は自分から出て行ったのでしょうか?
もうこんなに暗く雪も降る中…」
「…私が思うに、何らかの事件に巻き込まれた…多分そちらかと。」
部屋がしん…と静まり返る。
ただ灯火だけがバチバチと音を立てて燃えている。
「(姫さん…)」
深い溜息をついて真っ暗な外を見た。
この時『怒』にはどうしようもない不安が押し寄せていた。
一応自分達は狼だ。
聴覚も嗅覚も人よりかなり優れている。
なのにの匂いが見当たらないのだ。
何処にいても風に運ばれる匂いで分かるのに、今日はなかなかつかめない。
『哀』も『喜』もの匂いが探し出せず不安がつのっている。
ただの迷子ならいいが、この時代だ。
他国の間者などがの噂を聞き誘拐したりするかもしれない。
もっと言えば邪魔な存在として殺すかもしれない。
「(どっかで寝てろよ、姫さん)」
『怒』は祈るように目を瞑ると、灯火の燃える音に耳を傾けた。
「へっくしっ!…………もう、寒い!」
暫く黙って座っていたがもう寒さの限界だ。
は勢いよく立つと倉庫内をガタガタと音を立てて走り出した。
動けば温かくなるかも、と思ったのだ。
ただ、倉庫は狭い。
倒れていた矢筒に思いっきり躓き、派手に転んでしまった。
「い、痛ー…」
馬鹿だな自分…と思いつつ、床に打ちつけた鼻を軽くさすった。
もしあの3人がいたらすごい突っ込まれるんだろうな…と、クスリと笑ったが、
寂しさが増すだけだった。
一体ここはどこら辺にある倉庫なのだろうか。
コン。
「え?人?」
「こんばんわ。寒いでしょう?」
外から聞こえたのは女の人の声。
は助かったと思い入り口の方へ駆け寄った。
不安が消え去り、ほっと安心した。
「実はここに閉じ込められてしまって…あの、そこ鍵かなにかしてありますか?」
「ええ、もちろん。しっかりと。だって出られてしまったら困るでしょう?」
「へ?」
「まさかあんなに図々しいとは思わなかったもの…。」
「それはどういう…?」
「私ね、あなたが憎いの。あなたのせいで私は捨てられたのよ?お分かりかしら様?」
「だ、誰ですか?!私ここに来て悪いことは…」
してません!と言いかけたが、使者達の食事は自分が悪いんだろうな…とのん気に思ってしまった。
だが、そんな食事関係ではないだろう。
は「私はあなたに何をしたんですか?」と聞いた。
女の人は冷たく笑うと、更に冷たい声で扉越しに呟いた。
「あなたがここに来たからあの方は…。」
「あの方?」
「でもそれも今日で終わりねぇ。」
「ちょっと、ちゃんと説明して?!」
「うるさいわね!!!これは宣戦布告よ、様!」
「そんないきなり…」
「それより、その中はとても寒いのでしょう?」
女の人はクスクスと笑うと扉の近くにバチバチと音が鳴るものを置いた。
の耳が確かならこの音はヤバい。
ちょっとすると扉から煙が立ち上った。
放火だ。
煙が天井を這っての方まで広がってくる。
は入り口から8メートルくらい離れた場所に立つと女の人に向かって叫んだ。
「ちょっと!!!放火っていけないんですよ?!」
「そうかしら?私にはとても綺麗な炎に見えますけど?」
あはははと馬鹿にしたように笑い、煙と扉の向こうにいる女の人はまた冷たい声で言った。
「天狼より来られたお姫様ですものね?簡単には死なないでしょう?
また元気なお姿が見られたらいいですねぇ。
………それではさようなら、様。」
「ちょ!!!」
呼び止めようとしたが煙を少し吸ってしまい咳き込んでしまった。
火の回りは意外にも早く入り口は炎の壁へと変わっていた。
次第に息が苦しくなる。
いつかテレビでみた火事の特集を眠たくて途中までしか見ていなかったことに酷く後悔した。
ただ学校で『煙を吸わないように湿ったタオルで口を覆って』と、
『なるべく煙の下を通るように』と言っていた気がする。
「(さっきの女の人が気になるけど…それどころじゃないよね…)」
は羽織っていたボロボロの服を口元に持っていくと火元より遠い場所に縮こまった。
窓が無いため部屋に煙が充満する。
周りの壁を蹴っても叩いてもびくともしない。
「もう自分には死ぬしかないのかな」と天井を見たが、涙で滲んでよく見えなかった。
「殿!!!裏の第5倉庫より火が!!!」
「何?!」
「しかも先ほど行ってみたところ物音がするので、中に人がいるかもしれませぬ!!」
「急ぎ消火を!!!……もしかしたらかもしれぬ!!!」
劉備は兵士の後に続くと他の兵士に諸葛亮にこれを伝えろと頼んだ。
額にじんわりと嫌な汗が浮かぶ。
もし中にがいたら…?
そう考えるだけで心臓が握りつぶされそうだった。
廊下を走り、果樹園の庭のほうに出る。
その第5倉庫に向かう途中馬岱と姜維が劉備と合流した。
「殿!兵士達が中に人がいると!」
「もしかしたら殿かもしれません!」
「ああ、私もそう思ってな…。とにかく急ぎ確認する!」
走る速度をあげるとそれに続いて馬岱と姜維も後をついて走った。
倉庫近くになるとものすごい煙が立ち、辺りは煙たくなっていた。
50人くらいの兵が水を汲んでは消火活動を行っているが、火の勢いは衰えるどころか増すばかり。
吸う空気がものすごく熱く感じた。
劉備と後の2人は急いで近くにいた兵士に声を掛けた。
「中に人は?!」
「はい、いるようです!先ほど呼んでみたところ様だと確認!」
「でも何故このような倉庫に…」
「姜維殿、今はそれどころではない。…殿、私が倉庫に入ります!」
「馬岱殿?!」
「そなた達を危険な目に合わせたくはない…私が行こう。」
劉備はカチッと鎧の止め具を外して軽装になった。
それを兵士と姜維と馬岱が止めるが、劉備は聞く耳を持たなかった。
そして燃え盛る倉庫に入る準備が整い、倉庫の目の前に立つ。
業火の渦がゴウゴウと倉庫を焼いていく。
冬には似合わない熱気が体全体をもわっと包み込んでいく。
この中のはもう意識は無いかもしれない。
もしかしたらもうは………。
「(いや、そんなことはない!…無事でいてくれ…!)」
そう願いながら駆け出した劉備の横を、銀色の何かが通り過ぎた。
その通り過ぎたあとを追おうとしたが『哀』がそれを阻止して後ろへ転ばせた。
「そなた…!!」
「…劉備さん危険。ここは彼に任せて。」
「だが…」
「…大丈夫。」
そう言いつつも不安そうな表情の『哀』と劉備が見たのは、
1人業火に走っていく馬超の姿だった。
いつも被っている兜を外した姿はどこか『怒』に似ている。
その『怒』はというと後ろから『哀』の隣へ走ってきた。
炎の色に染まった顔はどこかイラついて見えた。
「…兄さん、出遅れたの?」
「いや…あの餓鬼自分に任せろと言って走ってる俺を突き飛ばしたんだ。」
「…大丈夫かな?」
「いざとなれば俺達がいるだろ?」
「…そうね」
誰もが息を呑んで見守る中、馬超がついに業火に包まれた倉庫に入った。
「(あー…目が霞む…)」
パチパチという焼ける音、そして目の前に広がる炎の海。
は意識が朦朧としながらも部屋の隅に座っていた。
立ち上がりたいが力が入らない。
もう火はそこまで迫っているというのに…。
これぞ絶体絶命というものだろう。
今ならこの四字熟語が分かるぞー!と、元気よく叫びたいが、
もうそれどころではない。
倉庫の中は煙がに充満し、もう綺麗な空気さえない状態だった。
更に天井までギシギシと嫌な音を立てている。
もうすぐ崩れ落ちてくるのだろう。
「きっとこの天井が布団になって死んじゃうのかなぁ…」
この冬で一番暖かい布団なのかも…。
わざと明るくいようと思っても涙が溢れて出来なかった。
何回か兵士が声を掛けてくれたが、中に助けに来てはくれない。
…それはそうだ。
こんな炎の中入ってくる馬鹿はいない。
あの3人は来てくれるのかな?と思っていたが入ってくる様子は無かった。
もうダメかな…と諦めたその時、バキッという音が部屋の中に響いた。
入り口の方から何かがやって来る。
炎の中からふと「!」と言われたような気がした。
だけどもう目が霞んで何がどこにいるのか分からない。
意識が途切れ途切れになっていく中、誰かの手が自分の頬に触れた。
その手は水か何かで濡れていてひんやりしていた。
「…誰?そこに誰かいる?」
「ああ、ここにいる」
「馬鹿ですよ…こんな火の中に入るなんて…」
「馬鹿でもいいだろう?俺の勝手だ。」
霞んで見えたのは銀色のような髪の毛。
ただ炎の色に包まれて夕焼け色になっている。
「この髪の色は…」とは『怒』だと認識し、その人物にもたれかかった。
『怒』と間違えられた馬超はもたれかかってきたことに戸惑いながらも、
の体を支え抱きかかえた。
「ごめんね?」
「何がだ?」
「すごく手間かけて…」
「いや、そんなことはない」
「変な怒…いつもなら…そんなこといわな…っ」
「…もう喋るんじゃない(あの使者と間違えているのか…)」
うん、と弱弱しく頷くを強く抱くと、さっき来たところを走った。
その途中が「あとね」と呟いて馬超の水で濡れた服を引っ張った。
「どうした?」
「私…誰かの恨み買っちゃったみたいなの」
「…誰の恨みだ?」
「わからないんだ…」
「後で詳しい話を聞いてやる。それまで死ぬなよ?」
「わかった」
馬超は『怒』を演じるとをしっかり抱きしめて入り口まで走った。
炎の壁が入り口を覆っていたが自分の身を丸くしてその壁に頭から突っ込んだ。
何で気に食わない奴を助けたのかわからない。
何で自分から進んで助けに行ったのかわからない。
だけど、もう失ってはいけないと自分の中で叫んでいたような気がする。
もうあんな思いはしたくないんだ。
「(コイツを死なせてなるものか!)」
炎の壁が馬超に沢山の火の粉を浴びせた。
そのせいで皮膚が少し焼けたが、外の新鮮な冷たい空気と皆のほっとした顔が目に入った。
そして腕の中で気を失っているを見た。
胸からトクントクンという鼓動がちゃんと伝わってくる。
「ちゃんと、生きてるな」
馬超は安心したのかフッと微笑んで、それから意識を手放した。


アトガキ
ヒロインに新たな敵が出来ました。
しかもかなり悪質な敵ですね…。
いきなり放火するなんてかなり悪質すぎますね。笑
どうも馬超の話はシリアスになってしまう。
ギャグ的なものにしたかったのだけど、
シナリオ上無理なことに今気が付くというね。笑
次からは馬超の出番が少なくなるかもしれません…(ぇ
2007.2.5(Mon)