今朝にはもう二日酔いの症状はなく、ちゃんと早起きができた。
もうあの頭の痛みに悩まされることはない。

は「今日はいいことあるかも」とルンルン気分で呟くと、
まだ布団の中で寝ている3人の寝顔を見てクスっと笑った。

結局ジャンケンで『哀』が勝ったものの、『怒』と『喜』は『哀』が寝るとちゃっかり寝台の上で寝ていた。
それほど広くない寝台だったので4人で寝ると狭い。
「こういう時こそ狼の姿になれば?」と言ったが、3人は「人間の方がいい」といって変化を拒否した。
そのおかげでは狭い思いはしたものの、三方(『喜』はのお腹に頭をくっつけて寝る)
から体温が伝わり寝るときは寒くなかった。




は3人が寝ているのを確認するとパジャマを急いで脱いで箪笥から服をひっぱりだしてきた。
今日は馬超の馬術教室がある。
スカートのようなものよりかズボン系のものが動きやすいだろう。
それにあんなことを手紙に書かれたのなら尚更だ。

箪笥の奥から深い緑色のズボンのようなものを発見し、それを着てみた。
少し薄めの生地で肌がスースーしたが動きやすい。
上の服もひっぱりだして着てみると、中華料理店に居そうな人みたいになった。
…そう悪くは無い。


「中華料理店といえば…」とは姜維との約束を思い出した。


昨日は2人とも二日酔いで朝食も昼食も一緒に食べれなかった。
きちんとした彼のことだ…もしかしたら今日やってくるかもしれない。

はぐっすり寝ていた3人を起こすと、李から櫛を借りて3人の髪をときはじめた。






「姫さんまたあの姜維とかいうのと食事なのー??今日来るわけ??」

「分からないけど来そうだからちょっとした準備!」

「…これで来なかったら?」

「それはそれ!とにかく外に出れるよう準備はしておかないとね?」

「…わかった。」





3人の髪の毛を整え終わると自分の髪もとき、宴の時みたいに髪を高い位置に結った。
そして髪紐を李のまねをして結ぼうとしたがそう上手くいかず、
じっと見ていた『哀』に「結んで」とお願いした。
『哀』は手際よく結ぶと懐から出してきた髪飾りをチョン、との頭につけた。





「これは?」

「…天狼星を象ったもの。姫にあげる。」

「ありがとう、哀!…これすごく綺麗だね」




額の印の『*』が水晶か何かでできている。
そして金の鎖みたいなものが沢山付いていてシャラシャラと音をたてて揺れた。
その綺麗さに感動していると『怒』と『喜』が「天狼の姫らしい装飾だ」と好評した。

自分でも少し「ちょっと姫っぽくなったかも」と思う。
ただ「中身はただの娘だけどね」、と苦笑を漏らした。


すると「トントン」と扉の叩く音が耳に入った。






「姜維です」

「はい!」

「俺が開けて来ようか?」

「ん、お願いね(自分から開けに行くなんて珍しいな…)」





が物珍しそうな目で眺めていると『怒』は無言でカチャっと扉を開けて姜維を中に通した。
外から吹いた隙間風がとても冷たく、扉の隙間から見えた空は灰色の雲で覆われていた。
今日はきっと雪が降るだろう。

姜維はというと、少し顔を赤らめてに「おはようございます」と挨拶した。





「昨日は…その、大丈夫でしたか?」

「はい!姜維さんも二日酔いだったみたいですけど…」

「そうなんですよ…ですが張飛殿の誘いを断ることは出来ないので」

「あはは、そうですね」




と、2人でクスクスと苦笑した。
あの張飛の誘いを断れば大声で喝を入れられそうだ。
そしてあの大きな手のひらでガシガシと頭を捏ねられるだろう。

…ただ後ろでは『怒』と『喜』が「張飛」と聞いて、身震いをしていた。


「(まだ怖いんだ…)」


と、後ろの2人を見てニヤニヤと笑っていると姜維がまだ恥ずかしそうにこちらを見ていた。
何か言いたげである。
「どうかしましたか?」と言おうとしたが、姜維に先を越されてしまった。




「あの、殿!」

「え、あ、はい?」



「……宴の時、とても可愛かったです…」

「あ、ありがとうございます…(そこまで可愛く言われると照れるなぁ…)」

「私と同じ髪型みたいで、嬉しかったです…」

「本当ですか?実は今日も姜維さんとおそろいです。」

「………」

「「ぶふっ!!!」」



ボッと姜維の顔が赤くなり、『怒』と『喜』は笑いが我慢しきれず吹き出した。
「姫さんに言われて…何照れてんだよ、お前」と『怒』が囃すと更に姜維の顔が真っ赤になった。





「姜維さん大丈夫ですか?!」

「だ、大丈夫です!!!!!……その、おそろいが嬉しくて…」

「そうなんですか?…ならこれからはこの髪型にしておきますね」

「は、はい!!!」




は「本当に可愛い人だな」とニコッと微笑んだ。
『哀』が後から「…兄妹に見えるわね」と言った瞬間、姜維が一気に表情が暗くなった。
『怒』と『喜』はその反応に大いに喜んでいたが、は頭に「?」を浮かべていた。





「さ、もう行きましょう。…あの、私ちょっとお腹空いちゃって…」

「そうですね…、行きましょうか」

「さっさと食べて遊ぼうぜ?(コイツ沈みようが面白いな…)」

「遊ぶの…?」

「姫さん、ダメなの??」

「だってまたこかせるきでしょ?」

「そんなことは、ない。」

「多分ないv」

「…ない、と思う」

「(ありありでしょ…)」

殿、午前中お暇でしたら丞相のところに行ってみませんか?頼まれた書簡を届けに行くのですが…、

一緒にどうでしょう?」

「え…あ!そうですね!行きます!(月英さんにお粥のお礼しなきゃ!)」

「ちぇっ、なんだよ…あのじじいのとこかよ。」

「怒は行かない?」

「絶対行く」




あとの2人も「行く」と賛成し、午前中は姜維と諸葛亮のところへ行くことにした。
そのあとの昼食も一緒に食べるよう約束して、5人は食堂へと向かった。








一方、他の食堂へ向かう途中の廊下。

馬超と馬岱、そして趙雲の3人が食堂に向かっていた。
馬岱と趙雲はもうちゃんと鎧を着ていたが、馬超だけは軽装のまま。
時々大きな欠伸をもらしては馬岱から「だらしない」と注意を受けていたが、
馬超は聞く耳を持たなかった。
その隣で趙雲が「馬岱も大変だな」と苦笑した。





「ふあぁ〜…全く、別にいいだろう?寝起きだからしょうがない」

「その様子だとまた女官と遊んでいたのか?」

「んー、そんなところだ」

「ですが趙雲殿…徒兄上昨日は珍しく早く帰ってきたんですよ。」

「それは珍しい…どうかしたのか?何かあったのか?」

「……知らん。」

「なんだそれは…」

「私も理由を聞いたのですが…朝からこの調子なんです。」

「理由などいらんだろう?それにこれは俺の問題だ、お・れ・の!」

「お前に問題があったのか…(いつもの馬超じゃない…)」





馬超は2人からの視線から逃れるように、「ちっ」と舌打ちして前にズイッと出て歩いて行った。
…一体彼に何が起こったのだろうか。
女官と遊んで来た後はいつも機嫌がいいはずなのだが、今の馬超はどこか不機嫌だ。
こんなことは今まで全く無かったのに。

2人は顔を見合わせて「これは何かの前兆かも」と口をそろえて言った。


















「ひへはん、ほはわひひへひひ??(姫さん、おかわりしていい??)」

「もうダメ!!!食べすぎだよ〜!!!!」

「(蜀が食料難になりそうだ…)」




それもそのはず。

はっきり言ってこの使者達のおかげで城に貯蔵していた食料が大幅に減っていた。
しかも仕入れの経費もかさみ、城の使用人はいつもの5倍以上の買い物をしなければならなかった。
いつか諸葛亮から何か言われるに違いない。





「姫さんの意地悪v」

「デコピンしないで!さり気なく次のお皿取らないで!」

「…姫が大変。兄さん我慢したら?」

「そういう哀もその粽に伸びてる手を引っ込めて?」

「……。」





結局、使者達はの必死の呼びかけに従い食べるのを止めた。
皿が机の上で山になるほど食べたのに「これじゃ足りない」という3人には呆れた。
一体どんな胃袋を持っているのだろうか?

姜維はというと城の食料が大丈夫か心配しすぎて、さっきから箸が進んでいない。





「ごめんなさい、姜維さん。…次からもうこんなには食べさせないから…」

「しょうがないですよ…使者の方はそれほど体力を使うのでしょう…」

「はぁ…(私の周りでゴロゴロしてるだけなのに…)」




は溜息をついて杯に入った水を飲んだ。
すると入り口にすっと人影が見えた。
反射的に人影に視線を移すと、その人影と目が合った。

その瞬間水が不味くなった気がした。






「げ。」

「げ、と言うな娘。」

「なら、娘と言わないでくださいよ」

「娘に娘と言って何が悪い?」

「…!(この人やっぱりムカつく!!!)」





がキッと睨みつける中、馬超は5人がいる席の隣の席に座って料理人に「いつもの」と言った。
そして顔だけに向け、「今日も間抜けそうな顔してるな」と挑発した。

なんでこんなにムカつく奴なんだろう。
相手にするだけ無駄だ。

は「馬超さんもね」と付け加えてゴクゴクと水と苛立ちを飲み干した。

するとまた入り口から人影が現れて、の前までやってきた。
趙雲と馬岱がにこやかにこちらに挨拶して、馬超の座った席の向かいに2人が座った。





殿ではありませんか。」

「おはようございます殿。」

「趙雲さんに馬岱さん、おはようございます!」

「俺とは全く対応が違うんだな、お前。」

「…(馬超さんが嫌なこと言うからでしょが…)」






ふん、とはそっぽを向くと食事を終えた姜維に早くここを去ろうと言った。
あんな意地悪な人と居合わせたくはない。
自分は根っからの平和主義者だ。

姜維は苦笑して「わかりました」と了承すると席を立った。
使者も一緒に立っての周りに集まる。




「それじゃ、趙雲さん馬岱さん、またいつかお話ししてくださいね」

「もちろんですよ。私でよければいつでも話し相手になります。」

殿…あの、今度一緒に町に出かけましょうね?」

「え?」

「お前が姫さん誘うのは10年早い!」

「こら!……いつか行きましょうね馬岱さん!」

「はい!」




と、馬岱がニッコリと答えたはずだったのだが…。
冷たくて黒い何かが『怒』の背中をゾクゾクっと走って行った。
『怒』は恐ろしくて馬岱の顔を見ようとはしなかった。

姜維はというと、馬岱がちゃっかりと出かける約束をしたことにショックを受けていた。
「先を越されてしまいました、丞相…」と聞こえないように言ったが『哀』の耳には聞こえていたらしい。

はそんな姜維には気付かず、ぺこりと趙雲たちにお辞儀をしてその場を後にした。









「けっ、アイツ俺のこと無視か。」

「徒兄上が嫌なことばかり言うからですよ…」

「気に入らないものはしょうがないだろう?」

「馬超、和解するとか言ってなかったか?」

「………言った。」

「ならなんであんな口を利くんだ?」

「気に食わんから」

「それでは和解することはできませんよ?」

「これから和解するから今はいい!」

「「はぁ…」」





この人はこれから先大丈夫なのだろうか。
趙雲と馬岱は同時に溜息をついて、嬉しそうに朝食に箸をつける馬超に呆れた視線を送った。

ただ馬岱だけは、何故馬超がに嫌な態度で接するのか、何故気に食わないのか、
なんとなく分かった気がした。

もしかしたら、最近様子がおかしいのはこれが原因なのではないだろうか。





「(…今はそっとしておいた方がいいかもしれませんね…)」






そう、今はきっと。



ふと馬岱が外を見ると、空から小さな雪がフワフワと降りはじめていた。
















アトガキ


半分寝ながら完成したこの作品。
申し訳ありません!!泣
馬岱がどうも馬超のモヤッと感に気付いたようですね。
だんだん伯約殿の影が薄くなったりしてますが笑
次はあの夫婦のところへ行ってみましょう。

2007.2.1(Thu)