「一本!」
静まり返った道場内に、審判の声が響く。
中央では悔しそうな表情を浮かべた大男と顔色1つ変えない小柄な少女。
「ありがとうございました」とお互いに礼を交わし自分達の仲間がいるところへ戻る中、
2人の白熱した勝負を観戦していた観客達から盛大な拍手を浴びた。
。
高校1年にして柔道部の大将を任された期待のエース。
小さい頃から武道を嗜み、修練に励んできたはその持ち前の才能を発揮し色んな武道の大会を連勝してきた。
その噂は彼女が住んでいる地域は愚か、色んな道場にまで名が広まっているほど。
そんな彼女が高校に入学すると聞くや否や、武道系の部の部長達がのところへ直々に勧誘しに来た。
空手、柔道、剣道、弓道。
この4つの部が有望なを巡って熾烈な争いが始まった。
…が、入学式から5日続いた早朝の校庭。
審判(手芸部の田中さん)付きの正式なジャンケンによって争いは終わった。
勝者は柔道部の岡部(3年A組)。
他グーに対して、1人パーによる見事な勝ち抜けであった。
その後の岡部に対する他の武道系の部からの視線は冷たいものだったが、
見事、岡部はを柔道部に引き入れたのだった。
そんな人気の高いはというと高校初めての大会に大将で出ることになった。
…しかも女としてではなく男として。
実は柔道部の女子部員はを除いて1人しかおらず団体戦には出れない状態で、
男子部員はというとちゃんと5人いたのだが1人が骨折してしまい、
本来ならば女子の部の個人にでるはずのがいきなり男子の団体で出場しなければならなかった。
「女子を男子として出場させるのはどうかと思うんですが」
と最初は反対していただったが、岡部の「どうしても」に敵わず結局男子の団体に出た。
結果、女とばれなかった上に我が部は優勝。
立派なトロフィーを学校に持ち帰ることができたのだった。
そして今、は試合会場を後にして自宅に帰ってきていた。
試合で汗ばんだ体が気持ち悪い。
早くお風呂にはいらないとねぇ、と帰ってからすぐに風呂に湯を張りに行った。
風呂場に入って熱湯が出る蛇口をひねっていると後ろからパタパタッとスリッパが廊下を駆ける音が聞こえてきた。
この慌てたようなスリッパの音はきっと母親だ。
その音が近くで止まったので振り返ると、案の定母親がムッとした顔をしてを見下ろしていた。
「!帰ったならちゃんと言いなさい!まだ学校に残るかと思ってたわ」
「あんなムサッ苦しい場所に居られるかっての。」
岡部の暑苦しい涙なんて見たくないね。
は熱湯が半分まで入ったのを確認して、今度は冷水が出る蛇口をひねった。
最近では自動で風呂のお湯張りができるハイテクなものがあるのに…。
家にある神社の神主でもある祖父がそれを嫌って、いまだ熱湯と冷水の蛇口を上手く調節して湯を張らなければならなかった。
今ではもう慣れているが、いちいち湯の張り具合を見に行くのが面倒くさい。
姉のかごめも弟の草太もこれに関してはと一緒に祖父にお願いをしてくれているが、
祖父の意思は中々強く頑丈で、どうしても折れなかった。
もう今ではどうでもいいかな…と思い始めている。
冷水が4分の1くらいまで入ったところで、温度を確かめながら手でかき混ぜていると今度は玄関から「ただいま」と声がした。
「あら、かごめも帰ってきたのね」
「姉貴はあれでしょ?数学の追試だったんでしょ?」
「ええ…あの子最近忙しいみたいだし…しょうがないわよね」
そう言ってかごめの方へ行く母親。
姉のかごめは普通追試なんて受けるべき人物ではないのだが、とある事情でどうしても受けなければならなかった。
家の神社にある井戸。
姉によればあの古井戸は戦国時代に繋がっていて、犬夜叉とかいう半分妖怪人間(半妖)というやつが井戸の向こうで待ってるんだとか。
それを聞いたときにはびっくりしたが、今では全く平気だ。
時々この家にやってくる犬夜叉と腕相撲をしたり武術の稽古(きっと犬夜叉は我流)をしたりしてるから尚更。
的には「あぁ、兄貴ができたな」と感じるくらいで、別に危険な存在だとは思っていない。
口は悪いがちゃんとした人間性が見られるし、何度も姉の危機を助けている。
「ちょっと心が狭いのがなんだけどねぇ…」
今回もきっと犬夜叉が姉を井戸の向こうで待ってるんだろう。
今日でもう3日だからきっと今日か明日にはやってくるに違いない。
…あのイラついた顔を見るのが楽しみだ。
「よし、お風呂完成!ちょっと水のんでから入ろっと」
風呂に蓋をすると急いで台所へ向かった。
勢いよく「母さん水頂戴!」と言って台所に入ると、ドンヨリとした雰囲気で椅子にもたれ掛かった姉の姿が。
「何?また追試落ちたわけ?」
「違うわよ…疲れたの!」
「お疲れさん〜。で、結果は?」
「明日分かるの。」
はぁ…と溜息をつく姉に「明日が楽しみだねぇ」と嫌味っぽく言うと母親から水をもらった。
「、かごめを虐めないの。」
「はーい」
「いいわよね…は」
テストは今のところ全部90点代だし、体育の評価はいいし、無遅刻無欠席だし。
私なんて今進学できるかどうか危ういのに…と姉が溜息混じりで言った。
それはアンタが戦国時代に行ってしまったりするからでしょうが、と突っ込んでやりたかったが、
きっとこれは姉の運命なんだろうとあえて突っ込まなかった。
「私も私で忙しいんだよ。男臭の漂う狭い道場でいっつも男相手に稽古なんて…姉貴耐えられる?」
「それは…む、無理」
「それよか犬夜叉の背中に乗って昔を旅したほうがいいと思うけど?…ま、追試は別にしてさ」
「はぁ…そうかも…。それにアンタ今度弓道と空手の試合掛け持ちしろって言われたんでしょ?」
「まぁね。今日みたいに快勝するから応援よろしく」
「アンタも大変ね。私は過去から応援してあげるわ」
貴重な応援ありがとう、と言うと水を全部飲みきってコップをテーブルに置いた。
「んじゃお風呂入ってきまー」
「はいはい」
さっさと風呂に入って今日は寝よう。
明日はまた部活だし。
また岡部がうざいんだろうな…と明日自分に降りかかる災難を想像して、
ポンポンと服を脱ぐとすぐに風呂場に入った。
「あっちぃ…」
今日は疲れた…。
やっぱり試合後の風呂は格別だなと、風呂場に置いてあるバスタオルを取った。
しかも今夜からは新しいパジャマだし。
パジャマと言っても今日の大会でもらった白いトレーナーと昨日買った黒のズボンなのだが、
新しいものを身に着ける時はいつもわくわくする。
「(あと…今日の晩御飯なんだろ?)」
この匂い的に今日はカレーかな?
は体を拭き新しいパジャマを着て、洗い立ての濡れた髪を拭きながら廊下を歩いていると、
姉が何やら怒りながら通りすぎていった。
…きっとアイツが来たんだろう。
ああやってかごめを怒らせるのは犬夜叉くらいしかいない。
またうるさくなるだろうなと予想しながらが居間に行くと、赤い見慣れた着物が目に入った。
「おう、犬夜叉。いらっしゃい」
「じゃねぇか。お前はいつも元気そうだな。」
ガシガシと頭を撫でられるのはいつものこと。
折角のかっこいい顔の口の横に米粒がついてることは黙っておこう。
「もちろん。……で、姉貴怒らせたの?」
「うっ」
「どうせ早く戻って来い!とか言ったんでしょ?」
「……」
「馬鹿だねぇ…」
「な!お前!」
イラついて掴みかかってきそうな犬夜叉に「毎度毎度同じことで怒られるなよ」と一言いうと、
母親に「晩御飯ちょうだい」と言った。
出てきたのはやっぱりカレーだ。
「しょ、しょうがねぇだろ!俺は早く四魂の玉を集めたいんだよ!」
「あっそう。いただきまーす」
「お、おい無視すんな!」
「だって私にゃ関係ないっしょ?」
そう言ってぺしぺしと頭を叩いてやる。
姉を怒らせたんだからこれくらいは仕返ししておかないと。
がカレーを一口含むと隣で不機嫌になっている犬夜叉がじっと物欲しそうに見ていたので、
に少しだけカレーをあげてみた。
「うわっ、辛ぇ!」
「これが美味しいんだよ、犬夜叉君」
「こんな辛ぇもん食って…お前ら本当に人間か?!」
「どうみても人間っしょ」
母親から水を貰ってがぶがぶと飲む犬夜叉を見ながら黙々と食べていると、
今度は草太が自分の部屋から下に降りてきた。
そして犬夜叉を見るや否や「耳触らせて!」と勝手に触りに行ってたが…よくもまぁ毎回触って飽きないものだ。
「ごちそうさまー」
「あら、早いわね…おかわりはいいの?」
「今日はもうお腹一杯。気分転換がてらちょっと外散歩してくる」
「そう…気をつけるのよ?」
「へいへい。」
居間を出ようとすると草太がの腕を掴んで引き止めた。
「ん?」と顔を草太に向けると、草太は不安そうな顔をしてを見上げていた。
「どうした?」
「あのさ…どっかいっちゃったりとかしないでね、姉ちゃん」
「何でそう思うのさ?」
「だってかごね姉ちゃんも急に居なくなったりしたから…でも帰ってきたけど…」
そういえば草太が姉貴が最初に井戸に入っていったのを目撃したんだっけ。
あの時草太が泣きながら居間に入ってきた。
「かごめ姉ちゃんが井戸に吸い込まれちゃった」と、ビービー泣きながら。
でも結局すぐに見つかったからよかった。
はポン、と草太の頭に手を乗せると「大丈夫だって」と言って玄関に向かった。
「おい」
「ん?」
「外、今変な妖気か何かが漂ってるぜ?危険なもんじゃねぇとは思うが…」
「あっそ。私には感じないから大丈夫」
「危険じゃないならいいじゃない」と、いそいそと靴を履くと、今度は犬夜叉が腕を掴んで引きとめた。
「なんだよ」
「草太をあんまり心配させんじゃねぇよ」
「…わかってるって。」
意外な言葉に少し戸惑ったが、クスッと笑って犬夜叉の手を解いた。
心が狭いくせにこういうところはちゃんとしてるなんて、妖怪も笑えるなぁとつくづく思う。
…いや、もしかしたらこんな人間っぽい妖怪は犬夜叉くらいしかいないかもしれないけども。
は靴を履き終わると玄関の戸を開けて犬夜叉に手を振った。
「姉貴をあんまり怒らすなよ〜?いつか殺されるって」
「う、うるせぇ!!」
腕を組んで「とっとと散歩を終わらせて帰って来い!」と怒鳴ると、犬夜叉は居間の方へと引き返していった。
面白い奴だなぁと笑っていると、手首が急にチクチクと痛くなった。
今日の試合で捻挫でもしただろうか…。
少し動かしてみると今度は何かにつかまれたような物凄い圧迫感が手首にかかった。
もしかして犬夜叉が言っていた妖気か何かの持ち主の仕業か?
この圧迫には流石にヤバいと思い「助けて!」と叫ぼうとした途端、すごい力で玄関の外に引っ張りだされた。
まるで何かが自分の腕を引っ張って……。
「ちょ、ちょっとまった!そっちは井戸がっ?!」
ひっぱっている何かが戦国時代へと繋がっている井戸へと自分を連れて行こうとしている。
もしかしたら妖怪か何かに呼ばれているのか?
ヤバい、これはもしかしたらヤバいかもしれない。
日頃の修練の成果を見せてやる!と引っ張っている力が井戸に行くのを阻止しようと反対側に引っ張ったのだが、
やはりその力にはびくともせず、はあっさりと井戸がある祠に連れ込まれた。
「(やばい…草太に大丈夫って言ったのに…)」
何の骨かわからない物が井戸の周りに埋まって、不気味さを増幅させている。
は見えない力に井戸の手前まで連れて来られるとフッと手首の圧力が消えた。
そして引っ張られていた感覚も無くなった。
今の現象は一体なんだったんだろう。
あの力がなんだったかと考えるよりも早く家に戻ったほうがよさそうだ。
くるりと井戸に背を向けて走ろうとした瞬間。
井戸の中から縄のようなものが出てきて、の体にグルリと巻きついた。
「な、なんだコレ?!」
「!」
「あ、姉貴!」
「今助けるから!!」
「頼む…って…ちょっと待て!」
体に巻きつく縄をよく見れば少し古くさっていてところどころ苔みたいなものが生えている。
何がなんのために自分を引っ張っているのか…。
少し考えこんでいると巻きついた縄にさっきのような物凄い力が入ってきた。
ズルズルと段々井戸のほうに引き寄せられている。
もうダメだ、と思った瞬間井戸に向かって走ってきたかごめの後ろに犬夜叉が見えた。
ああ、これで助かる………?
いや、間に合わない。
「姉貴!」
「っ!!!」
が叫ぶと同時に縄は一気に井戸の中へとを連れ込んだ。
そしての足が見えなくなった瞬間眩い光が井戸の祠の中を照らして、かごめと犬夜叉は思わず目を瞑った。
……そっとかごめが目を開ける。
いつもの古ぼけた井戸。
さっきのような異様な気配はない。
風呂に入っていた時にもっと早く気付いてればよかった。
なんとなく変な気配だなとは思ったが、別に害がなさそうだからと放っておいたのがいけなかったのか…。
もし早く気付いていれば大事な妹が連れ去られずにすんだのに。
「くそ!…連れて行かれたか…」
「…犬夜叉!すぐに後を追うわよ!!」
「おう!」
今なら追いかけれる。
犬夜叉とかごめは急いでが連れ込まれた井戸の中へと入っていった。
が。
の匂いは戦国の時代にはなかった。
犬夜叉がどんなにあたりを臭ってもの匂いらしいものは全くみつからず、連れて行かれた痕跡も全く無かった。
もう一度現代に戻ってみると確かに井戸からの匂いがするのに、もう一度戦国の方へ行くとパタリと匂いが消えてしまった。
いくら連れ去られたといっても匂いくらいは風にのってやってくるものなのに。
これは新手の妖怪の仕業なのだろうか?
「なぁ、かごめ。この井戸通れたのはお前だけなんだろ?」
「うん…そうなんだけど…」
「ならなんでが通れるんだ?」
「…わからない」
なんで自分の妹が?
前に妹が井戸に入った時はなんともなかったのに、今回は何故…。
「…」
かごめが辛そうに井戸に向かって呟くのを黙って見る犬夜叉。
あれほど心配させるなと言ったのに…が急にいなくなったんじゃまた草太がビービー泣くぞ。
もっと引き止めておけばよかったが…あの気配はなんとなく霊でも妖怪の気配でも無かった。
「(それにしてもだ…)」
…一体は何処に行ってしまったのか。
それは当の本人、しか知らない。

アトガキ
彩雲国夢!!!…のはずが思いっきり犬夜叉になっちまったべ。
大丈夫、大丈夫です。
ちゃんと次からどしどし出てくるはずです。汗
これからは無双と彩雲国を扱っていこうかな?なんて考え中。
もし「やっぱ気に入らないね」と思ったら削除するんで。
…ってそれにしても武道を極めすぎだよヒロインさん…!汗
2007.3.18(Sun)